資産運用

不動産投資における「レバレッジ効果」を正しく引き出す法

不動産投資をする上で、その失敗の相当部分が借入金の返済が滞ることだと言えます。一方で、借入金の利用にはそれなりのメリットがあり、一概に否定すべきではありません。今回は、借入金の利用限度額を判断する手法の一つ「DSCR」という指標を使って、不動産投資における「借入金」にスポットを当てていきます。

この6月に、このコラムで、借入金のレバレッジ効果とリスクの関係を取り上げましたが、覚えていらっしゃるでしょうか。結論だけ、もう一度紹介すると、

(1)同じ投資案件でも、借入金比率を高めるほど(このことを「レバレッジを利かす」と言います)、自己資本利益率が高くなる

(2)同時に、借入金比率を高めるほど、投資環境の変化に応じた自己資本利益率のブレの比率(これを、「リスク」と言います)が高くなる

(3)したがって、投資案件の利回りを比較する際には、同一の自己資本比率で比較する必要がある

ということです。これが、「借入金のレバレッジ効果」といわれるもので、借入金のレバレッジを利かす(借入金比率を高める)ほど、その投資案件は、ハイリスク・ハイリターンになる訳です。

このように、借入金に頼った投資はハイリスクを伴うわけですが、不動産投資の場合、投資額そのものが大きいので、借入金を全く使わない、すなわち、全額自己資金の投資を行うことは、あまり現実的ではありません。また、借入金を使った投資には、それなりのメリットがあることも事実です。ここではまず、不動産投資に借入金を利用した場合のメリットを確認することから始めましょう。

不動産投資への借入金の利用には、次のようなメリットが考えられます。

(1)自己資金を超える大きな金額の投資が可能になる

(2)他の投資対象に比べて担保価値が高く、借入金を利用しやすい

(3)借入金の利子は不動産所得上の経費になり、節税効果がある

(4)相続税評価上は、債務残高がマイナスの財産として差し引かれるため、相続税の節税効果がある

(5)借入金比率が高いほど、自己資本利益率が高まり、資本効率が高くなる

このように、不動産投資への借入金の利用には、それなりのメリットがあり、一概に否定的に捉えるべきではありません。しかし、一方で、不動産投資の失敗の相当部分が、借入金の返済が滞ることにより顕在化していることも事実です。例えば、賃貸マーケットが悪化して賃料の下落や空室率の増加が生じた場合、自己資金中心の不動産投資であれば、募集賃料をある程度下げれば、空室は埋まり、賃貸事業としての継続は可能になるはずです。ところが、借入金中心の不動産投資の場合には、借入金の返済が可能な範囲でしか、募集賃料を下げることは難しく、その結果、空室が埋まらず、賃貸事業そのものが頓挫してしまう恐れがあるのです。

それでは、不動産投資を行う場合の借入金の利用は、具体的にはどのように考えていけばいいのでしょうか。ここでは、その判断基準の一つとなる「DSCR」という指標を紹介しましょう。

DSCR(Debt Service Coverage Ratio)とは、借入金返済の安全性を見るための指標であり、DCRあるいはDSCと呼ばれることもあります。DSCRは、次の式で表すことができます。

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分子は、前回ご紹介したNOI(償却前営業利益)です。覚えていらっしゃいますか?

そう、年間賃料収入から、不動産管理コスト(固定資産税・都市計画税などの公租公課、共用部分の管理費や修繕維持費、火災保険などの保険料などの経費の合計)を差し引いた利益額で、不動産のキャッシュフローを表す指標です。このNOIが、借入金返済額の何倍に当たるかを計算したものが、DSCRなのです。

考えてみれば容易に分かることですが、このDSCRが1以下では、借入金の返済に支障をきたします。ですから、すくなくとも、DSCRは1.0以上でなければならないことになります。実務上は、多少のゆとりが必要になりますので、DSCRが1.2以上であることが、銀行がその不動産投資に融資する際の最低条件になると考えられます。

それでは、DSCR≧1.2であれば、問題はないのでしょうか。実は、そんなに単純な話ではありません。というのは、DSCRの分子のNOIも、分母の借入金返済額も、様々な条件により変動する可能性があるからです。NOIについては、まず、年間賃料収入の変動の可能性を精査する必要があります。具体的には、賃料の下落や空室率の増加をどの程度見込むかという話です。また、公租公課や修繕維持費などの増加も見込む必要があります。借入金返済額については、変動金利の場合には、特に注意する必要があります。こうしたことから、DSCRは、1.2以上という基準ではなく、実務的には、1.5以上の範囲で、借入金の限度額を考えることが望ましいと考えられます。

具体的な事例について、借入金の限度額を考えてみましょう。

10室のアパートがあります。1部屋あたりの月額賃料は6万円、空室率は10%で、不動産管理コストが、年間120万円掛かるとします。いま、このアパートが8千万円で売りに出ており、購入時の経費は、不動産取得税などを含めて500万円かかると仮定します。このアパートを年利4%、期間25年間の元利金等返済のアパートローンと自己資金で購入するとします。このアパートに投資する際の、借入金限度額を計算してみましょう。

まず、このアパートのNOIを計算してみます。

NOI=年間賃料-不動産管理コスト=6万円×10室×12ヶ月×(100%-10%)-120万円=528万円

ちなみに、このアパート投資の利回りは、次のように計算されます。

ネット利回り=528万円÷(8,000万円+500万円)=6.21%

DSCRを1.5以下にするためには、借入金返済額≦528万円÷1.5=352万円となり、借入金の元利均等返済額を352万円以下にするためには、金利4%、期間25年間の元利金等返済のアパートローンの場合、年賦金率が、0.06333777であるので、352万円÷0.06333777≒5,557万円と計算されます。

したがって、このケースでは、アパート購入に必要な資金8,500万円のうち、借入金で調達するのは5,557万円が限度となり、残りの2,943万円は、自己資金での調達が必要となります。

次に、上記のアパート投資で、アパート購入後、賃料収入が10%減少し、不動産管理コストが10%増加し、借入金金利が4%から5%に上昇した場合を考えてみます。

この場合のNOIは、次のように計算されます。

NOI=6万円×90%×10室×12ヶ月×(100%-10%)-120万円×110%=451.2万円

また、借入金の元利均等返済額は、次のように計算されます。

年間元利金等返済額=借入金額5,557万円×0.070145212≒390万円<NOI 451.2万円

したがって、このように市場環境が変化した場合にも、年間元利金等返済額は、NOIの範囲に収まり、借入金の返済が滞らずに済むことになります。

このように、DSCRを用いれば、不動産投資における借入金の限度額について、具体的な目安を立てることができます。しかしながら、この場合は、足りない分は自己資金で賄う必要があり、自己資金をどう調達するかが、新たな課題となります。次回は、この課題について、考えてみたいと思います。

※本記事は2009年10月に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

博士(工学)、一級建築士、不動産鑑定士、明治大学理工学部特任教授。東京都生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、三井建設、シグマ開発研究所を経て、1997年に株式会社アークブレインを設立、現在に至る。共同ビル、マンション建替え、土地有効活用等のコンサルティングを専門とする。著書に、『建築企画のフロンティア』、『建築再生の進め方』(共著)、『世界で一番やさしい住宅[企画・マネー・法規]』(共著)など多数。

株式会社アークブレイン

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