資産運用

不動産のプロにとって「高い表面利回り」が「良い投資物件」ではない理由

不動産投資を検討、経験した方なら、誰もが気にかける基本情報「利回り」ですが、投資を前提にする場合はその算出法に注意が必要です。今回は、不動産投資の是非の判断に欠かせない「利回り」の考え方について説明します。

今回も前回コラムに引き続き、不動産投資についての話です。今回は、不動産投資の基礎となる「利回りの考え方」について、取り上げることにしましょう。  不動産投資を実行したことのある方、あるいは不動産投資について考えたことのある方なら、誰でも、不動産投資の利回りが気になるはずです。

たとえば、一つの事例について、考えてみたいと思います。

ある不動産投資物件(賃貸マンション)があって、物件価格は1千万円だとします。入居者が決まったときの月々の家賃が6万円だとします。空室率が0%と仮定した場合、
年間家賃は、6万円/月×12ヶ月=72万円と計算されますので、この投資物件の利回りは、 72万円÷1,000万円=7.2%と計算できます。

これが、世間一般に言われている、不動産投資の利回りで、詳しくは、表面利回りとか、グロス利回りとか言われているものです。直感的にも分かりやすい利回りですので、多くの方が、この利回りを手がかりに、不動産投資の是非の判断を行っています。つまり、この表面利回りが高いほど、良い投資物件だと考えるわけです。

しかし、不動産のプロと呼ばれるような人は、この表面利回りに基づいて、そうした投資判断をしていません。これには、二つの理由があります。一つは、表面利回りは、必ずしも、その不動産投資物件の収益性を正しく表していないからです。もう一つは、利回りは、その不動産投資物件の立地等を含めたリスク要素と照らし合わせて考えないと意味がないからです。

まず、第一の理由から見ていくことにしましょう。先ほどの事例では、不動産投資物件の物件価格は1千万円でしたが、投資家が物件を取得するには、この物件価格以外のいろいろな費用(以下、「取得費用」と呼びます)が必要となります。たとえば、売り主が法人であれば、消費税が別途かかります。不動産の場合には、土地は非課税ですので、建物部分の価格に対して5%の消費税が掛かるわけです。また、不動産仲介会社で仲介をお願いしている場合には、物件価格の3%程度の仲介手数料が掛かります。さらに、物件を取得する際の不動産取得税と、登記の際の登録免許税、司法書士や土地家屋調査士などの報酬も別途掛かります。これらの取得費用の合計が、仮に100万円だったとしたら、この不動産投資物件の実際の表面利回りは、年間家賃72万円÷(物件価格1,000万円+取得費用100万円)≒6.55%と計算されます。

また、不動産の賃貸には、様々な諸費用(以下、「不動産管理コスト」と呼びます)が掛かります。たとえば、固定資産税・都市計画税などの公租公課、共用部分の管理費や修繕維持費、火災保険などの保険料などの経費です。年間賃料が同じだとしても、管理費や維持修繕費などの管理コストの大きい物件は、そうでない物件に比べて収益性は低いわけです。したがって、不動産投資物件のもたらす収益としては、年間賃料から、これらの不動産管理コストを差し引いた利益(これを償却前営業利益(NOI:Net Operating Income)と言います)で考えることが合理的と考えられます。このNOIは、不動産のもつ収益力を最も客観的に表す利益指標だと考えられています。たとえば、前出の事例で、こうした不動産管理コストが、年間賃料収入の20%だったと仮定した場合、この不動産投資物件のNOIは、次のように計算されます。

NOI=年間賃料72万円-不動産管理コスト14.4万円=57.6万円

ここで、なぜ、年間賃料から差し引く諸費用に、減価償却費や金利などが含まれていないのかと疑問に思われる方もおられると思います。これらの費用が含まれていない理由は次の通りです。まず、減価償却費については、定額法と定率法など、いくつかの償却方法があり、それらを恣意的に選択できるため、不動産投資物件の収益率を客観的に表すためには、減価償却費を費用に含めない方がふさわしいと考えられるからです。また、金利については、投資家の資金調達方法に関係なく、不動産投資物件の収益率を客観的に表すためです。つまり、自己資金で投資しようと、借入金を主体に投資しようと、投資物件の収益性自体には関係ないはずで、金利を経費に含めることは、望ましくないからです。

さて、上記のように、不動産投資物件の利回りを考える上で、分母に当たる部分は、投資物件の価格でなく、投資物件を取得するために取得経費を含めた総投資額を採用し、分子に当たる部分は、年間賃料ではなく、不動産管理コストを差し引いたNOIを採用してみます。すると、利回りの計算は次のようになり、こうして求められた利回りを、ネット利回りとか実質利回りといいます。

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上記の事例で考えれば、ネット利回りは、次のように計算されます。

ネット利回り=NOI 57.6万円÷総投資額1,100万円≒5.23%

このように、一般に不動産投資の利回りとしてよく利用されている表面利回りに比べて、不動産のプロが利用するネット利回りは、考え方も数字も相当に異なっていることが分かるでしょう。

次に、不動産のプロが、表面利回りが高いほど、良い投資物件だと考えない、もう一つの理由としての、「不動産投資物件の立地等を含めたリスク要素」について見てみることにしましょう。

不動産の価格を求める手法の一つに、収益還元法という考え方があります。これは、不動産の価格を、不動産が将来生み出すであろう収益の現在価値の総和であると考える方法です。具体的には、次のような数式で、不動産の価格を表します。

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式[2]における、不動産の純収益としては、様々な収益が考えられますが、不動産投資のプロの間で、最も利用されているのは、前述のNOIです。この場合の還元利回りをキャップレートと呼びます。すなわち、式[2]は、次のように表すことができます。

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式[1]と式[3]を比較してみると、ほとんど同一のことを表していることが分かるでしょう。すなわち、式[1]のネット利回りをキャップレートに、総投資額を不動産の価格に置き換えて式を変形すると、式[3]を得ることができます。式[3]をみると、NOI、すなわち、償却前営業利益が高いほど、また、キャップレートが低いほど、不動産の価格は高くなることが分かります。NOIについては、年間賃料収入から不動産管理コストを差し引いて求めるので、これについては、投資案件ごとに把握することが可能でしょう。それでは、分母であるキャップレートは、どう考えればいいのでしょうか。

キャップレートは、その不動産の存在する地域の特性(繁華性、将来性、発展性、市場性、人口規模など)や、その不動産自体の特性(建物の仕様・グレード、規模、築年数、老朽度、地域との適合性、地域における立地性など)によって、マーケット自体によって決められます。この場合、地域特性と不動産自体の特性が優れているほど、キャップレートは小さくなり、反対に劣っているほど、キャップレートは大きくなります。

実は、キャップレートは、次の式により表すことができます。

キャップレート=無リスク資産の期待収益率+投資物件のリスクプレミアム

無リスク資産の期待収益率とは、世の中で最もリスクの少ない投資対象資産の期待収益率を指し、一般には、国債の期待利回りを言います。投資物件のリスクプレミアムとは、その投資物件固有の投資リスクに応じた安全係数のような概念で、安全確実な投資対象ほど低くなります。不動産の場合には、金融資産、特に国債等の債券に比べて、流動性(換金性)が劣り個別性が強いといったデメリットがありますので、最も低いものでも、2%~3%程度のリスクプレミアムがあります。

我が国の不動産で、最もリスクプレミアムが少ないと考えられているものは、東京都千代田区の丸の内・大手町地区で最寄り駅から徒歩5分以内にある築5年未満の一定グレード以上の大規模オフィスビル(延床面積5万m²以上、基準階貸室面積1,500m²以上、天井高2.8m以上)(以下、「Aクラスビル」と呼びます)です。我が国最大の不動産鑑定機関である(財)日本不動産研究所が半年に一度実施している「不動産投資家調査」によれば、平成21年4月現在の丸の内・大手町地区にあるAクラスビルのキャップレート(期待利回り)は、4.5%とマーケット(投資家)は見ています。

同調査によれば、同グレードのAクラスビルの立地が、西新宿地区の場合には、キャップレート(期待利回り)は5.2%、札幌や仙台の場合には6.7%、秋田市や宇都宮市の場合には8%と、マーケット(投資家)は見ています。キャップレートはマーケットが決めるということは、同種の不動産の取引の主要なプレイヤーである投資家がどう見ているかということなのです。

この調査によると、たとえば、丸の内・大手町地区と宇都宮市では、同グレードのAクラスビルであっても、そのキャップレートは、前者は4.5%、後者は8.0%と、大きく異なります。たった3.5%の違いと思われるかもしれませんが、実は、キャップレートは分母になるので、不動産の価値は大きく異なるのです。たとえば、NOI(償却前営業利益)が1億円のビルの場合、キャップレートが4.5%の場合の不動産の価格は、

・不動産の価格=NOI÷キャップレート=1億円÷4.5%≒22.2億円

キャップレートが8%の場合には、

・不動産の価格=NOI÷キャップレート=1億円÷8%≒12.5億円

と計算され、なんと、10億円近い差が生じます。

ここまでの話は、同グレードのAクラスビルの所在する地域による差についてですが、キャップレートは、建物の用途、仕様・グレード、築年数、老朽度、規模、地域との適合性、地域における立地性など、様々な要素により、さらにプレミアムが追加されます。このキャップレートが、式①に置き換えると、ネット利回りとなるわけですから、ネット利回りの高い不動産投資物件というのは、リスクプレミアムの高い投資物件、すなわち、安全確実性が低く、リスクの高い投資物件に他ならないということになります。

いかがでしたか?

表面利回りの高さだけで、投資対象を選択することの危なさを十分にお分かりいただけたでしょうか。もちろん、不動産投資のプロの中には、あえてリスクの高い投資対象を選んで、自らのリスクで投資し、取得後の投資物件に適切な追加投資を行ったり、自ら管理運営したりすることで、高い利回りを享受する人もいます。しかし、それは、ノウハウと経験豊富な一部のプロだからこそ可能な方法なのです。

次回は、不動産投資のもう一つの基礎知識である「レバレッジ」の考え方について、解説いたします。

参考:(財)日本不動産研究所ホームページ

※本記事は2009年9月に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

博士(工学)、一級建築士、不動産鑑定士、明治大学理工学部特任教授。東京都生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、三井建設、シグマ開発研究所を経て、1997年に株式会社アークブレインを設立、現在に至る。共同ビル、マンション建替え、土地有効活用等のコンサルティングを専門とする。著書に、『建築企画のフロンティア』、『建築再生の進め方』(共著)、『世界で一番やさしい住宅[企画・マネー・法規]』(共著)など多数。

株式会社アークブレイン

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