スペシャリスト ビュー

横浜市立大学 国際総合科学部 教授 齊藤 広子 氏

コミュニティが鍵を握る管理のクオリティとマンションの資産価値
老朽化と高齢化という「2つの老い」で岐路に立つマンション管理のこれから

「マンションは管理を買う」と言われるほど、区分所有マンション管理の成否・優劣は、その資産価値を決定づける重要なファクターです。しかし昨今、区分所有マンション(以下マンションという)は建物の老朽化と区分所有者の高齢化という「2つの老い」に直面しており、資産価値の維持・向上という課題の前に、大きな困難を抱えている管理組合も少なくありません。

そこで今回は、住環境全般やマンション管理をテーマに幅広い研究に取り組み、東京都住宅政策審議会のマンション部会長も務める横浜市立大学の齊藤広子教授に、今後求められる区分所有マンション管理のあり方や資産価値保全のための方策について話を伺いました。

資産価値を毀損する深刻な「2つの老い」

いま、多くのマンションが「2つの老い」に直面しています。

ひとつ目の老いは、建物の老朽化です。東京都内に約168万戸(推計・2014年末)あるマンションのうち、約12.6万戸が着工から40年以上が経過しており(2013年時点)、このまま建替えが進まなければ2023年には約42.8万戸にまで急増すると言われています。特に都心部や多摩地区では旧耐震基準のマンションの割合が高く、今後発生が危惧される首都直下型地震などへの対策も喫緊の課題となっています。

そしてもうひとつの老いが、マンションの区分所有者の高齢化です。東京都では世帯主が65歳以上の世帯は全体の30%に上りますが、築年数が古いマンションほど高齢化が深刻で、築35年程度のマンションでは半数以上が高齢者世帯となっています(図①)。

これら「2つの老い」は、マンション管理に多大な影響を及ぼします。建物の老朽化に伴う設備や機能の「陳腐化」によってマンションの市場競争力が低下するだけでなく、建物や設備の修繕費など、現状維持に必要なメンテナンスのためのコストも増大していきます。さらに前述の耐震性不足の問題は人命に直結する深刻な問題であることは言うまでもありません。こうした事態を避けるために何らかの手立てが求められますが、それを妨げるのが高齢化です。

高齢化によって管理組合の理事会のなり手が不足して管理会社の対応業務が増え、修繕費などメンテナンスのためのコストだけでなく、管理費まで上昇していく傾向にあります。その一方、高齢化は定年退職などに伴う区分所有者の収入低下を招くことも少なくないため、管理費の滞納も増加しがちです。さらに、管理組合総会への参加率や委任状の提出率も下がって、マンション管理についての合意形成や意思決定が滞り、建物の老朽化に伴う問題などが発生しても何も手が打てなくなってしまいます。加えて、高齢化に伴ってけがや事故、認知症の発症や孤独死といった問題も発生するようになって、管理組合の活動は次第に機能不全に陥っていく可能性があります。

さらに老朽化や高齢化だけでなく、近年はマンション住戸の賃貸で区分所有者と居住者の分離が進んだり、外国人の区分所有者も増加してコミュニケーションが難しくなったりするなど、以前に比べマンションを取り巻く状況が円滑な総会運営を難しくしている一因となっています。こうしたことが招く管理不全の結果、適正な修繕、管理が行き届かず、マンション全体の資産価値を低下させてしまっている事例も少なくありません。

資産価値を守るために求められる手立てとは?

このようにマンションの管理組合が機能不全に陥ってしまうのを防ぐには、どうすればよいのでしょうか。

まず留意しておきたいのが、「管理会社とのコミュニケーション」です。日々の管理業務をしっかりサポートしてくれて、さらにプロの視点からマンションの資産価値を向上させるための提案をしてくれる管理会社を選び、信頼関係を構築していくべきでしょう。

そして、2つ目として「コミュニティの活性化」も重要なポイントです。折々のイベントなどを通じて住民同士のコミュニケーションが盛んなマンションほど、管理組合総会への参加率が高く、理事の選出もスムーズです。同じマンションに知人や友人が多くなればおのずと共同体意識が醸成されますし、自分たちのマンション管理における問題意識の共有や意思決定など、管理組合の運営も容易になるほか、コミュニティの強化が防災や防犯にも有効だということもわかっています。

また、マンションの老朽化に伴う設備や機能の陳腐化に対抗するには、不具合や故障を直して現状を維持する「修繕」だけでは不十分で、現在の市場の水準に照らして必要な設備や機能をプラスアルファしていく「改修」という発想が必要です。例えば、オートロックや宅配ボックス、バリアフリー化、さらにいえばエレベーターなど現在はごく一般的になった設備仕様も築年数の経過したマンションにはなかったりしますから、それらを計画的に追加することで資産価値の低下を防ぐべきでしょう。なお、設備や機能ではありませんが、案外見逃されがちなのがマンションの外壁の色でしょうか。建物のカラーリング次第で古ぼけて見えたり、今風に見えたりとマンションの印象は大きく変わるものです。

とはいえ一方で、所有するマンションをあくまでも「自宅」としか考えない区分所有者の方の中には、その資産価値の重要性を認識されていない方もおり、資産価値の向上に向けた改修のための費用を不必要なコストと考える方も少なくありません。大切なのは、そんな方にもご自身のマンションの資産価値の大切さを理解いただくこと、そして、管理組合の総意として資産価値というものに対する意識をすり合わせたうえで、資産価値向上のための具体的な方策を着実に実行していくことなのです。

マンションを取り巻く不動産市場の課題として挙げられるのが、管理の良し悪しを資産価値として反映されるような「マンション管理を評価する仕組みづくり」です。例えば、フランスなど海外ではマンションの管理に関しても情報開示が徹底されており、それが流通市場で評価される仕組みが確立されています。日本でも管理組合が積極的に情報を開示して、不動産業界がそれを的確に評価する仕組みが求められます。マンションへの永住志向が強い日本では、売却を前提とした市場価格を意識する人は決して多くありません。しかし、管理の質を上げて、その情報開示することで市場評価が高くなるなら、管理組合や区分所有者にとって大きなモチベーションになるはずですし、不動産流通という点でも市場が活性化するきっかけになるのではないでしょうか。

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