スペシャリスト ビュー

国立大学法人 東京藝術大学 絵画科教授 中村 政人 氏

地域と人々の絆を育むアートとコミュニティの新しい関係を目指して
持続可能性を実現しながら地域社会の課題を解決する「コミュニティアート」の力

2年後に迫る東京オリンピック・パラリンピックに合わせて、今、東京を舞台にしたもうひとつのビッグイベントの準備が着々と進んでいます。都心北部・東部エリアを中心に多数のプログラムが同時進行する民間主導のアートの祭典「東京ビエンナーレ2020」です。

それぞれの地域性や文化資源、そしてコミュニティの連携をめざすこの試みの発起人で、キーパーソンとしてその実現に向けて奔走する東京藝術大学教授の中村政人氏にアートとコミュニティやまちづくりの関係についてお聞きするため、同氏が統括ディレクターを務める東京都千代田区の文化芸術施設「3331Arts Chiyoda」を訪ねました。

アートとコミュニティをつなぐ「3331 Arts Chiyoda」の試み

コミュニティの課題をアートの発想を用いて解決するような活動に長年取り組んできた私には、以前から「アートセンター」をつくりたいという構想がありました。それを具現化したのが、かつての千代田区立練成中学校の校舎を再利用した、ここ「3331 Arts Chiyoda」(以下、「3331」)です。「千代田区文化芸術プラン」による事業企画の公募に応募して選ばれ、2010年にオープンしました。

地上3階、地下1階にアートギャラリーやオフィス、カフェなどが入居する館内には、誰でも無料で利用できる各種のフリースペースもあって、アート関係者だけでなく、ご近所にお住まいのご家族連れやお弁当を手にした近隣の会社員の方など、多様な人々が訪れ、思い思いに過ごしたり、交流したりするパブリックな空間としても機能しています。

そんな利用者の多様性を反映するのが、ここで提供する年間1,000以上にも及ぶ多彩なプログラムです。各プログラムはアートのあり方として、その受け入れられ方を示す「市民性」と「専門性」、時間軸で捉える「即応性」と「持続性」という4つの観点をベースに、それらの全体的なバランスを考慮しながら多種多様な性質のプログラムが展開されています。

そして、ここ「3331」の最大の特徴とも言えるのが、その経済的な持続可能性です。「3331」は、テナントや施設利用者、イベントや展覧会の来場者などから得た収入で黒字経営を達成していて、千代田区に施設賃料を支払いながら納税もしています。これは、公の施設の管理運営を民間に委託する指定管理者制度で自治体が指定管理者に管理料を支払うのとはまるで正反対の構図です。

さらに、私たち運営側は柔軟な企画力でコンテンツやプログラムのクオリティをコントールできる一方、アーティストには活動の場を、千代田区民など来場者には文化芸術サービスを提供しながら、区の評議委員会による評価を受けることでガバナンスも利かせられる。「3331モデル」と名づけたこの新しい事業スキームに対する注目度は高く、海外でもこのやり方をお手本にするところが出始めていますが、私たちとしてもこの官民連携による新たな自立運営モデルを今後日本中にどんどん広げていきたいと考えています。

信頼関係や絆を育む「コミュニティアート」とは

こうした試みの背景にあったのは、これからのアートは、単に作品を売買するだけでなく、経済的な自立性、持続可能性を裏づける「産業」と様々なかたちで結ばれるべきだという私の想いでした。そして、この「産業」と共に、もうひとつ、これからのアートが一体となるべき対象だと考えたのが、「コミュニティ」です。今後アートは単に観賞する対象としてではなく、コミュニティの課題を解決するような役割を果たせるのではないか、と考えたのです。

それが「コミュニティアート」という概念です。長年、美術館の中で大切に保管されていたアートは近年、私たちが社会生活を送る公共空間でも見たり触れたりできる「パブリックアート」という新しいあり方も提示しましたが、それとて鑑賞される「作品」であることに変わりはありません。一方、コミュニティアートとは何かというと、それは作品というより、人と人との信頼関係を育むための、出来事やプロジェクトだと定義できるような気がします。

少し難しい話になりますが、「純粋・切実・逸脱」というアートが包含する観念は、真摯さや寛容さや自由さといった形で人々の意識や感情に深いレベルで働きかけ、他者に対する理解や共感、常識に縛られない柔軟な発想を促してくれます。そうしたアートのもつ特性を活かし、寺社のお祭りをはじめとしたスポーツや食文化をテーマにした催しといったコミュニティのイベントとアートを掛けあわせることで、人と人とのつながりをより豊かに育みながら、そのコミュニティの課題を解決に導いていけるというのが私の考えです。

ここ「3331」もいくつもの「コミュニティアート」の実践の場として機能しています。例えば、日本中の様々な地域で朝顔を育て、その種を地域同士で交換してまた植えて、というのを繰り返す、各地で展開されてきた日比野克彦さんのアートプロジェクト「明後日朝顔」です。ここでは近隣の小学生や町会の人、アーティストたちが一緒に種を植え、収穫祭なども催していますが、植物を育てることで人々の心に優しさを育みながら、尽きることのない自然の生命力を介して、その地域の人々が、そして種を送り合う地域と地域の人々が緩やかにつながっていきます。

また、使わなくなったおもちゃをポイントに交換して、子供たちの自発的な活動を促すのが、2000年に福岡で始まり、今では全国で展開されている藤浩志さんの「kaekko(かえっこ)」というアートプログラムです。「カエルポイント」という通貨を介しておもちゃを交換するだけでなく、おもちゃのオークションを開いたり、ワークショップを通じて地域活動の参加を促したりすることで、子供たちの自主性を育んできました。このプログラムはおもちゃのリユースや交換を通じて環境問題や地域通貨など今日的な社会テーマに触れる入口にもなっており、アートがコミュニティの課題解決のきっかけになり得ることを示しています。

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