スペシャリスト ビュー

税理士法人タクトコンサルティング 代表社員・税理士 玉越 賢治 氏

使いやすくなった新事業承継税制で会社の相続を円滑に
有利な制度を活用しながら“会社”という貴重な資産を世代を越えて確かに引き継ぐ。

平成30年度の税制改正で「事業承継税制」が大きく変わりました。親から子へ不動産や金融資産が相続されるように、経営者から次の経営者へ自社の非上場株式を受け渡す事業承継。その大きな負担となる贈与税や相続税の負担を軽減する事業承継税制の適用条件が今回大幅に緩和され、制度の利用拡大と事業承継の促進が期待されています。

この改正で“会社の相続”はどう変わるのか?そして、制度利用に際してどんな点に注意すべきなのか?今回はこの事業承継税制の改正のポイントなどについて、相続・事業承継分野で豊富な実績を誇る税理士法人タクトコンサルティング代表社員の玉越賢治税理士にお話を伺いました。

“事業承継待ったなし”で適用条件などを大幅に緩和

平成27年に日本の中小企業経営者の年齢分布のピークゾーンは66歳となり、47歳だった平成7年からの20年間で19歳も上昇しました。これは経営者の世代交代がほとんど進んでいないことの表れですが、中規模企業の経営者の平均引退年齢が67・7歳であることを考えれば、中小企業の事業承継は、もはや待ったなしの状況と言えます。

このように経営者の世代交代が遅々として進まない原因のひとつに、事業承継に伴う株式の移動に対する贈与税・相続税の負担がありました。納税資金が確保できないことから廃業を余儀なくされる、あるいは、なんとか相続税を払えたとしても結果的に企業の体力が低下し、経営が苦しくなって雇用が失われるおそれもあります。

こうした事態を打開するため、税制面からも円滑な事業承継を後押ししていこうと、平成21年度の税制改正で創設されたのが、非上場会社の株式を承継する際の税負担を軽減する「事業承継税制」です。これは一定の要件を満たしたうえで、非上場企業の株式を経営者から後継者(二代目)、さらに後継者から三代目後継者へとバトンリレーのように承継していく限り、下記の図のように贈与税・相続税の納税が猶予されて免除され続ける制度です。

当初は雇用の維持など適用条件のハードルが高くて使いづらかったため利用者は決して多くありませんでした。その後、幾度か改正を重ね、少しずつ条件は緩和されてきたものの、今後多くの中小企業経営者が引退の年齢を迎えることから、かつてないほど大幅な条件緩和となる改正が実施されることになったのです。ただしこれは、厳密に言うと制度の改正ではなく、平成30年からの10年間だけの時限立法の創設であり、既存の事業承継税制も維持したまま、より使いやすい新制度を創設したいわば“二階建て構造”となっています。

利用のハードルを引き下げる改正の3つのポイントとは?

今回の改正の大きなポイントは3つあります。まずひとつ目は、「対象株式数上限等の撤廃」です。従来、制度の対象となる株式は発行済み議決権株式の3分の2が上限でした。さらに、相続税の猶予割合は80%だったため、株式のうち実際に納税が猶予されるのは、3分の2×80%=約53%で半分強しかありませんでした。

今回の改正では、すべての株式が制度の対象となり、相続税の猶予割合も100%となったため、事業承継に伴う株式の贈与・相続に係る税負担はゼロとなったのです。節税効果がほぼ倍増するこの改正は大変大きなポイントで、新たな制度の最大のメリットだと思います。  その次に「雇用要件の実質的撤廃」です。従来、事業承継税制を利用する場合には事業承継後の5年間平均で雇用の8割を維持することが求められており、維持できなかった場合には猶予された贈与税や相続税の全額を負担しなければなりませんでした。この要件は以前から経営者の方々にとって大きなプレッシャーになっていましたが、それが今回の改正で実質的に撤廃されたのです。

雇用を維持できない理由が経営難など正当なものと認められない場合には、「認定支援機関の指導・助言を受けなければならない」といった条件付きではありますが、この要件撤廃によって制度利用のハードルは大きく引き下げられました。当初、この条件が付されたのは失業率の高い時代には雇用を守ることに主眼が置かれていました。しかし、当時から雇用環境が激変し、人手不足で人材確保が難しくなった現在において、この改正はとても意義のある転換だと言えるでしょう。

これらの「対象株式数上限等の撤廃」と「雇用要件の実質的撤廃」の2点が今回の改正の大きな目玉ですが、これにもうひとつ付け加えるポイントとして「対象者の拡充」が挙げられます。従来の事業承継税制では、1人の経営者から1人の後継者への贈与・相続のみが対象でした。これは例えば、父親が保有する自社株を長男だけに相続させる、といったかたちです。

それが今回の改正によって、承継者は会社の代表者以外の複数の株主に適用できるようになり、後継者については各自が代表権を有し議決権株式総数の10%以上を保有する最大3名までに拡充されました。これは言い換えれば、父親や母親や親族以外の会社関係者が保有していた自社株を、次の代表取締役社長となる長男、代表取締役副社長の長女、代表取締役専務の次男の3名に相続するといった構図になります。

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