全室均一に18℃以上が目安脳機能や健康寿命にも好影響
もし現在寒いご自宅にお住まいの方が、これら様々な健康リスクを避けたいと考えるなら、住まいをより暖かい空間に変える必要があります。英国建築研究所が開発した住宅の健康安全性評価システムでは、健康な室温は21℃で、18℃を境に室温が下がるにつれて健康リスクが増していくとされています。これに照らせば、目標とする住まいの室温の目安は18℃以上で、前述のヒートショックを防ぐためにも、リビングや寝室だけではなく、廊下やトイレなども含めて家全体を均一に暖かくする必要があるでしょう。
住まいの暖かさと健康に関して、特にご高齢の方やこれから高齢期を迎えようとする方にぜひお伝えしたいことがあります。心疾患や脳疾患などのリスクを高める寒い住まいが、実は脳機能や健康寿命にとってもリスクだということが最近の私たちの研究から明らかになりつつあるのです。
これらの研究はまだ緒に就いたばかりで、データ収集量もまだ十分とは言えない状況ですが、例えば、ある実証実験では加齢と共に低下する脳の神経線維の質が、床上10㎝の室温が3℃上がると、脳年齢にして6歳分相当も若いままの状態を維持できるということが判明しています。また別の研究では、脱衣場の平均室温が14.6℃の住まいに暮らす人は、それより2.2℃低い住まいに暮らす人よりも、要介護状態になる年齢が4年遅くなる、つまり健康寿命が4歳分も延びる、という驚くべき結果が得られました。
住まいの温熱環境と健康リスクに関するこうした知見は、現在、超高齢社会の中で深刻化しつつある認知症や介護の問題に対するひとつの方策、解決の糸口となりうる可能性を秘めていると思いますし、今後さらに研究を進めていくべき領域だと考えています
住まいの断熱改修で健やかで快適な毎日を
これまでの話で、寒い住まいを断熱改修で暖かくすることには、様々なメリットがあることをご理解いただけたと思います。しかし、日本には冬場の室温が1桁台まで下がるような、欧米諸国に比べると著しく断熱性能の低い住宅がまだまだ多いのも現実です。住まいの断熱化が遅々として進まない大きな理由のひとつは、1戸あたり200~300万円程度とされる断熱改修にかかる費用負担です。
しかし、断熱化によって心疾患や脳疾患や認知症、要介護状態などのリスクを低減できれば、その医療費や介護費、家族の負担などを減らすことができ、わずかながらの光熱費の節約にもつながります。このように考えれば、住まいの断熱改修にかかる費用は後々回収できるものであり、その後のご家族の健康や高齢期のQOL(※)を少しでも維持・改善できるのなら、価値ある投資だと言えるでしょう。※QOL:Quality Of Life(生活の質)
なお、国土交通省では平成26年度から「スマートウェルネス住宅等推進事業」として、100万円を上限に断熱改修にかかる費用の半額を補助する制度をスタートさせています。これからの健やかで快適な暮らしのためにも、ぜひ断熱改修のリフォームなどをご一考いただければと思います。
※本記事は2018年1月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
1959年東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。(株)日建設計、東京大学助教授を経て2006年より現職。日本学術会議連携会員、日本建築学会理事、空気調和・衛生工学会理事、日本LCA学会理事。内閣官房、国土交通省、文部科学省、経済産業省、環境省、厚生労働省などの建築・都市関連政策に関する委員を務める。共著に「建築と知的生産性」、「健康維持増進住宅のすすめ」ほか多数。
慶応義塾大学 理工学部システムデザイン工学科 教授
伊香賀 俊治 氏