資産経営に差がつく、骨太“法務”塾

借地権の買い取りに応じる義務はあるか?

記事作成日:2023年6月12日
記事公開日:2024年1月31日
記事改訂日:2024年1月31日

〈今回のテーマ〉借地契約の終了について

二十数年前、私は所有地をAさんご夫妻に賃貸し、ご夫妻はそこに自宅を建てて住んでいましたがいずれもお亡くなりになりました。相続人はAさんの長男と長女の2人で、どちらも結婚して自宅を持っているのでAさんご夫妻の家には住まないそうです。その2人が「借地契約を解消したいので借地権を買い取ってほしい。それがダメなら借地を返すので立ち退き料を払ってほしい」と言います。地主の私が出て行ってほしいと言ったわけではないのに、借地権の買い取りや、立ち退き料を支払う必要があるのでしょうか。

地主に買い取り義務はなく、借地人に原状回復義務あり

借地契約が終了すると、借地人はこれまで利用してきた建物敷地の利用権を失います。その結果、地主の土地上に何の権利もなく借地人の建物が存立していることになりますので、借地人は土地を借地契約前の状態に戻す義務(これを借地人の「原状回復義務」といいます)を負います。原状回復義務とは、借地上の建物を収去(解体撤去等)し、土地を更地に戻して地主に返還する義務が借地人に発生することを意味します。

したがって、借地人の相続人が借地契約を終了させたいというのであれば、相続人は借地上の建物を収去する義務を負うということです。地主が借地上の建物と借地権を買い取る義務があるわけではありません。もし借地人の相続人が借地権を買い取ってほしいと言ってきたときは、地主は自分には買い取る義務はないため、相続人の側で建物を収去して土地を更地に戻して返還してくださいと求めることができます。

借地人からの立ち退き料の支払い請求に法的根拠は?

それでは、相続人が建物を収去して土地を明け渡すから借地権の買い取りではなく、立ち退き料を支払ってほしいと要求してきた場合、地主には立ち退き料の支払い義務があるのでしょうか。

相続人の要求の理由は、自分たちが借地権を終了させて土地を更地にして返還すれば、地主は借地権の制限のない土地の所有権を有することになり、借地権がなくなったぶんの利益が地主に移転するため、それに伴う対価として立ち退き料を支払ってほしいということだと思います。しかし、法律上、借地人に立ち退き料の支払い請求権が認められているわけではありません。

確かに、地主が借地人に対して借地契約を終了させて明け渡しを求める際は立ち退き料の授受がなされていますが、それは地主の側から明け渡しを求める場合です。地主が明け渡しを求めるには借地借家法が定める「正当事由」が必要とされています(借地借家法第6条)。

しかし、地主が「正当事由」を具備していると認められることは比較的稀ですので、正当事由の不足を補うために「立ち退き料」の支払いが必要とされているに過ぎません。借地人の都合で借地契約を終了させる場合に、借地人に立ち退き料請求権を認める旨を規定した法令はないのです。

以上のことから地主は相続人の要望を断わることもできますが、その場合、相続人は借地上の建物とともに借地権を第三者に譲渡することができます。借地借家法では、借地権の譲渡を地主が承諾しない場合、借地人が地主に対し借地権譲渡承諾料を支払うことを条件に、裁判所が地主に代わって借地権譲渡の許可をすることが規定されているのです(借地借家法第19条)。この裁判所の許可を得て借地人が第三者に借地権を譲渡すると、再び第三者との借地契約が継続し、土地の有効活用の機会を失うということもあり得ます。

借地を解消し有効活用したい地主においては、第三者に借地を売却されるのを防ぐために借地権の買い取りに応じているというのが実情です。ある程度の買い取り金額または立ち退き料を支払い、土地を取り戻すことも十分検討に値すると思いますが、前提を理解したうえで借地人との協議に臨んでいただければと思います。

東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

海谷・江口・池田法律事務所

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