土地資産家のための法務講座

アパート退去時の敷金は、いつ、いくら返還されるべき?

アパートなどの賃貸で取り交わされる「敷金」に関して現行民法には規定がなく、裁判所の判例が基準になっています。では、そもそも敷金とはどういう意味を持ち、返還の時期や金額をどう考えるべきなのか、詳しく説明していきます。

賃貸アパートの経営を始めました。この度、最初に入居した借家人が期間満了を機に退去することになりました。この借家人は、私に預けている敷金は賃貸借契約終了日に返還してほしいと要求しています。私としては、敷金は、建物を返してもらった後で返してもよいのではないかと思っていたのですが、賃貸アパートの敷金は、いつ返せばよいのでしょうか。

現行民法には敷金に関する規定がありません。意外に思われるかもしれませんが、現行民法には、敷金とは何かを定めた規定がありませんし、敷金をいつ返還すればよいかについても何も定められておりません。このため、現行民法のもとでは、敷金とは何かということや、敷金の返還時期については、裁判所の判例により規律されています。敷金をいつ返還すべきかという問題は、敷金とは何か、何のために賃貸人に交付されるのか、という問題と密接に結びついています。

わが国の最高裁は、「家屋賃貸借における敷金は、賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対し取得する一切の債権を担保するもの」としています。つまり、敷金とは、賃借人が賃貸人に対して負担している債務の履行の担保のために賃貸人が預かる金銭であると定義しています。しかも、担保の対象となる賃借人の債務は、賃貸借契約が終了するまでの期間に限られず、「家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対し取得する一切の債権」としています。ということは、敷金の機能は、賃貸借契約終了時までではなく、建物明渡義務の履行までに生じた債権を担保することになります。

また、最高裁は、上記の敷金の定義に基づき、「敷金返還請求権は、賃貸借終了後家屋明渡完了の時においてそれまでに生じた右被担保債権(家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対し取得する一切の債権)を控除し、なお、残額がある場合に、その残額につき具体的に発生するものと解すべきである」と判示しています。

従って、敷金は、賃貸借契約終了時ではなく、家屋明渡が完了し、控除すべき残額がある場合にこれを返還することになります。

なお、平成29年6月2日に公布された改正民法(交付の日から3年以内に施行されます。)では、敷金の定義規定を設け、敷金とは「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に対し交付する金銭をいう」と定めています。また、改正民法では敷金の返還時期を明記し、これによると、敷金は、 ①賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき、 ②賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき、に返還時期が到来すると定めています。これまでの判例理論を明文化したものと考えてよいと思います。

※本記事は2018年1月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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