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事業用資産の買換特例、適用是非のポイント

情報誌レッツプラザ2022年Autumn号より引用

資産の組み換えで、事業用不動産を売却して新たに別の事業用不動産を取得することがあります。その際に売却時の税負担を軽減するため、「事業用資産の買換特例」という制度を使いたいと考える方が多くおられます。しかし、適用できるケースが限られていたり、適用できても長期的な収支ではデメリットが生じる場合もあります。今回は、「事業用資産の買換特例」を適用すべきか否かについて、考え方を解説します。

買換特例の建物への適用ポイント

建物を買換資産にすると、税務上の取得価額が減少し、その後の所得税および住民税(以下、所得税等という)に影響が出ます。そのため、事業用資産の買換特例を適用するのか、それとも適用しないほうが長期的に見て得なのか、あらかじめシミュレーションをしておくことが大切です。
「譲渡所得税等の減少額>買換特例適用後の所得税等の増加額」であれば特例を適用したほうが有利で、逆であれば適用しないほうがよいという判断材料になります。

それでは、適用ポイントを探ってみましょう。具体的には、建物の減価償却費が減少することで、税負担にどれくらいの影響が生じるかということです。そのためには所得税等への影響を見定める必要があるので、適用される税率構造がどのようになっているのかを確認します。

図表2をご参照ください。不動産所得などに対して適用される税率は累進課税制度のため、所得が多くなるほどその負担率が増加します。課税される所得が195万円を超えると20.21%、330万円を超えると30.42%、1,800万円を超えると50.84%に達します。ここまでくると所得の半分以上が税金になってしまいます。これに対して、不動産を売却したときの税率は先ほど説明したとおり20.315%で済みます。

すなわち、所得が330万円を超えている方は、譲渡所得税等より高い税率で課税されるということです。所得330万円というと、多くの方が該当しそうです。本来20.315%の税負担で済むのに対し、買換特例を適用したことで結果として高い税金を負担することになる方が多そうだということです。

特例のメリットがある所得層は?

イメージを持っていただくために図表3を用意しました。ここでは前提として、売却代金と同額の建物を買換資産として取得したと仮定します。図表3の一番左端は買い換えた建物の購入金額です。建物の耐用年数が47年で買換建物が1億円である場合で説明します。

この場合には、譲渡所得税等が約1,463万円減少しますが、その代わりに減価償却費が年間約153万円少なくなります。その影響で、所得税等の適用税率が20.21%の方は年間約30万円の負担増になるというわけです。

そして、一番大切なポイントは図表中の赤字で記載された年数です。この年数は、譲渡所得税等の減少額を所得税等の増加額で割った値です。これが47.3年ということは、譲渡所得税等の減少額が約47年かけて所得税等の負担増によって取り戻されるということを示しています。所得税等の適用税率が20.21%の方は、譲渡所得税等の税率20.315%とほぼ一緒のため、耐用年数と同じだけの年数が必要なことが確認できます。

これに対して、所得税等の適用税率が50.84%に達しているような所得の高い方はどうでしょう。この場合の年数は18.8年です。つまり、譲渡所得税等の減少額が約19年で取り戻されてしまうということです。年間の増加税額約77万円×19年=1,463万円、ここで譲渡所得税等の減少額と一致して、買換特例で受けたメリットはなくなります。19年後からは逆に多くの税金を支払うだけとなり、耐用年数の期間ではトータル約2,156万円(約77万円×(47年-19年))の税負担が増えるのです。

すなわち、所得税等の適用税率が20.315%を超える区分の方、つまり所得が330万円超の方はどこかで譲渡所得税等の減少メリットがなくなり、逆にトータルでは税負担が増加する可能性があります。特に所得税等の適用税率が高い方は慎重な判断が必要です。

まとめると、特例の適用可否を検討する必要があるのは、「譲渡所得税等の税率20.315%<所得税等の適用税率」の方です。

そうは言うものの、譲渡所得税等の減少効果は20年程度あります。中短期的なキャッシュフローを考えれば、あえて譲渡所得税等の減少額を享受すべきという選択肢もあるでしょう。今回お示しした考え方を参考に、ご自身の望ましいキャッシュフローを照らし合わせて上手な選択をしましょう。

税理士。1978年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。2005年、税理士法人エーティーオー財産相談室入社。資産税を中心とする税務申告、不動産税務コンサルティング業務などを提供。2021年、同法人代表社員に就任し、現在に至る。著書に『土地の有効活用と相続・承継対策』(税務研究会出版局)など。

税理士法人エーティーオー 財産相談室 代表社員

高木 康裕

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