土地資産家のための税務講座

賃貸用不動産、空室の分だけ相続税が大幅アップ!?

更地のままでは収益を生まず相続税も大きくなるからと、節税対策として賃貸マンションを建てたのに、相続時点で空室があると、その分だけ更地同等の扱いになり、建物の相続税評価額も大幅にアップ!?……その通りなんです。概要と、回避策についてご説明します。

“一時的”とは1か月なのか?

この見解に従えば、相続の前日にたまたま3室が空室になっても、その後も賃貸をおこなうべく募集活動をおこなっていれば、さすがにそれは認められそうです。しかし、賃貸されていない期間があくまでも一時的に過ぎない事が条件で、それも具体的には“1か月”程度と謳っているのです。実はこの公式見解とは、国税庁が公表しているホームページに掲載されているのです。タックスアンサーと言って税の様々な相談事について、納税者のためにQ&Aの形でわかりやすく解説しているものなのです。このホームページ上で1か月程度と書かれていれば、2か月は微妙な期間としても、少なくとも5か月、6か月空室であれば、さすがに認められないだろうと考えるのが常識的な判断なのではないでしょうか。

さて、現実の賃貸の現場で空室になった場合を考えてみましょう。建築後10年程度経過をしている場合を想定してみます。新築時にはすぐに埋まった建物も、これだけの期間を経過すると、さすがに一度退去されるとその後はすぐには次が決まりません。退去後すぐに募集活動を開始しても、年数が経過すればするほど補修箇所も増えるでしょう。壁紙の張り替えや塗装のやり直しもあるかも知れません。また、エアコンやバス・トイレ等の器材だって新品にしなければならないことも多いのではないでしょうか。それらを考えたら、1か月なんてあっと言う間に過ぎてしまいます。国税庁は一度入居者が退去した場合の現実を本当にわかっているのでしょうか。そんなオーナーの嘆きが聞こえてきそうな気もします。

当局と争うとどうなるか?

税務当局と見解が異なる場合、それを争う手段として“審査請求”と言うのですが、国税不服審判所という場が設けられています。税務の問題については、いきなり裁判で争うことができず、この審査請求によっても納得がいかない場合に限り、初めて裁判による決着となるわけです。この“1か月”程度という期間について争った最近の事例を挙げると以下の通りです。

まず、審査請求では、平成27年11月11日に下された判断で、空室期間が3か月と1年10か月の2室について、一時的とは認められなかった事例があります。また、同じ審査請求で平成28年12月7日裁決では5か月で否認。一方裁判による判決では、平成28年10月26日の大阪地裁で、やはり5か月でも一時的ではないと判断されているのです。このように当局と真正面から対決しても、なかなかこちらの要望を受け入れてもらえないことが多いのです。これらの紛争事例だけを見る限り、3か月以上空室になっていると、とても当局に認められそうにありません。しかし、現実問題として相続税事案で空室が“1か月”程度以上なら、減額評価は全く認められないのでしょうか? あくまでも私見ですが、すべての納税者の方が“1か月基準”で判断し申告をおこなっているとは思えません。それではどれ位の期間なら認められるのでしょう。その物件の築年数や状況ごとに判断せざるを得ないのでしょう。
 

実務における対応策

ただ、このような“1か月基準”によるリスクを回避する方法が全くないわけではありません。ひとつは個人所有の建物を、法人化すればよいのです。相続税は個人が所有する財産についての課税です。個人が法人に土地を賃貸し、法人が建物を所有して賃貸すれば、相続時に空室でも個人は何らの影響も受けません。ここでは建物を法人化する手法について詳しくは述べません。ただ、ごく簡単に触れておくと、譲渡税が生じないよう、帳簿価額で法人に建物だけを売却するのです。個人が法人に建物を売却する場合、税務では“時価”であることが求められますが、帳簿価格もこの時価のひとつとして認められています。また、法人は自己の土地以外の土地に建物を建てる場合、原則としては権利金を支払うことが必要です。これを支払わないと、権利金の認定課税と言って、高額な法人税の課税がおこなわれてしまいます。ただ、実務では『土地の無償返還に関する届出書』という書類を税務署に提出することで、この課税を避けることが可能です。これは、個人も法人も借地権の存在を認めながら、将来は無償で個人に返還することを約するものです。

リスクを回避するもうひとつの方法はいたって簡単です。ご自身の名で賃借人を募集するのではなく、サブリース(一括借り上げ)に出してしまうのです。サブリースにすれば、ご自身の契約相手はサブリースを受けた会社。サブリースを受けた会社が自らの名前で賃借人と契約するため、こちらとしては空室状況は一切無関係。ご自身は物理的に何室空室があっても、全室をサブリースの会社に賃貸しているため、全室すべてが賃貸中の状態になるわけです。このサブリースを受けてくれる会社ですが、条件等で折り合いがつかない場合もあるでしょう。適当な会社が見つからなければ、ご自身が立ち上げた会社にサブリースする、そんな方法も考えられるでしょう。いずれにせよ、相続を考えた場合に空室リスクがある方は、早目に準備をしてそれに備えることが必要です。

※本記事は2018年1月号に掲載されたもので、2022年1月時点の法令等に則って改訂しています。

税理士。昭和27年生まれ。早稲田大学教育学部卒。税理士法人エーティーオー財産相談室代表社員。国税専門官として税務調査を10年強経験後アーンスト&ヤング会計事務所、タクトコンサルティングを経て独立。経験を生かした資産税のスペシャリストとして活躍中。著書に『相続に強い税理士になるための教科書』『相続財産は法人化で残しなさい』『円満な相続の本』など。

税理士法人ATO財産相談室

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