とりあえず、3年間は待ってくれます
しかしながら、未分割の場合、これらの特例が適用できなくても、税務署は猶予を与えてくれるのです。その期間は原則的には3年です。ただし、この猶予を与えてもらうには、「申告期限後3年以内の分割見込書」(資料1)という書類を提出することを忘れてはいけません。もちろん、実際に3年以内に分割ができるかどうかはわかりません。神のみぞ知る、ですから。しかし、とりあえずこれを提出すれば、3年間の延命ができるのです。
この書類には、分割されていない理由、分割見込みの詳細などを記載するのですが、実際には税理士がこの書類を作成するので心配はないでしょう。税理士たるもの、得意の作文で、「何とか3年以内には分割できそうです」的な含みで届出書を作成してくれるでしょうから。
3年が過ぎたらどうするか?
さて、もし3年以内に話し合いがまとまらなければどうするか。そのような場合でも、税務署は救済策を用意してくれています。やむを得ない事由がある場合には、3年を経過する日の翌日から2か月以内に、今度は「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」(資料2)を出せばいいのです。
そのやむを得ない事由とは、調停や訴訟なら基本的には立派な事由に当たります。承認申請書ですから、承認してもらえない場合も理論的にはあり得ます。しかし、これも実際に作成するのはプロの税理士、私共でも調停や訴訟をやっているという理由でなら、今まで申請が認められなかったことはありません。
そして、分割ができることになった日の翌日から4か月以内に分割された場合、晴れてこれらの特例の適用ができることになるのです。つまり、相続税の申告のやり直しができることになるのです。
相続税の申告をやり直して
相続税の各人の負担は、まずは“相続税の総額”という全員による合計額を算出し、それを実際に相続する財産の多寡に応じて按分をする仕組みです。小規模宅地等の評価減の特例で評価額自体が下がれば、全体としての相続税の総額は必ず減少します。従って、相続人によって税負担に差はあるでしょうが、とにかく全員がこの申告のやり直しで税負担が減ることも多いものです。もちろん、話し合い次第ですが、沢山の財産を相続することに決まった相続人は、以前におこなった仮の申告、つまり特例を全く適用せず、法定相続分で申告・納税した税額よりも増えるケースもあるでしょうが…。
とにかく、特例の適用によって税額が減少する相続人は「更正の請求」、税額が逆に増えることになった相続人は「修正申告」という手続きにより、申告のやり直しをすることができるのです。
何故、税務署はこんなに親切なのか?
税務署にしては珍しく、あの手この手で救済策を用意してくれています。何故、こんなに親切なのでしょう?よく考えてみるとこれはあたり前なのです。すでに法定相続分で何らの特例もなしで過分な税額を納めているのです。本来、分割さえできていれば、当然のことのように受けられる特例だからなのです。
当座は3年という期限があります。しかし、本当にやむを得ない事由が続く限り、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出さえすれば、実質的には期限なく、無制限に待ってくれるのです。ただし、いくら税務署がいつまでも待ってくれるからといっても、財産分けは1日でも早く解決することが、相続人全員の幸せなのです。
遺言があれば、分割協議で揉めることはないでしょう。その点は遺言書の最大の長所です。しかし、遺言書があればあったで、不満分子は必ずいるものです。
遺言書がなければ分割協議になりますが、今まで見てきたように、税務的には際限のないエンドレスの戦いも可能です。ただ、精神的には相当に負担になることだけは、お忘れなく。
財産分けで大切なこと、それは相続人全員に言えることですが、相続に100%の満足はあり得ない、それを肝に銘じておくよりほかにないのかも知れません。
※本記事は2015年1月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
税理士。昭和27年生まれ。早稲田大学教育学部卒。税理士法人エーティーオー財産相談室代表社員。国税専門官として税務調査を10年強経験後アーンスト&ヤング会計事務所、タクトコンサルティングを経て独立。経験を生かした資産税のスペシャリストとして活躍中。著書に『相続に強い税理士になるための教科書』『相続財産は法人化で残しなさい』『円満な相続の本』など。
税理士法人ATO財産相談室
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