土地資産家のための税務講座

税務署はいつまで待ってくれるのか

世間では、相続とは“争族”であるとも言われています。円満に解決ができない場合には、財産分けをめぐって、血で血を洗うことにもなってしまいます。しかし、相続税がかかる場合には、どのような事情があるにせよ、税務署は待ってはくれません。とりあえずは法定相続分で仮の申告、仮の納税をすることになるのです。しかし、財産の分割ができないと、各種の重要な特例を受けることができません。これについては、税務署は一体いつまで待ってくれるのでしょうか。果たして“争族”はいつまで続けることができるのでしょうか?

分割ができないと受けられない大きな特例

財産分けで話し合いがまとまらない場合を、未分割の状態と言います。未分割でとにかく困るのは、相続税における非常に大きな特例を受けられないことでしょう。ひとつはお馴染みの小規模宅地等の評価減の特例で、ご自宅や不動産貸付用建物の敷地等についての減額特例です。特にご自宅については若干の条件付きではありますが、80%引きという大きなもの。貸付用の敷地も50%引きです。

もうひとつは配偶者についての税額軽減の特例です。配偶者と子が相続人である一般的な状況では、配偶者が取得する財産が、相続財産の半分、または1億6,000万円までなら、相続税がかからないという魅力的な特例です。

これらはどちらも非常に有利な特例であるため、適用しない手はないと言えるものでしょう。ただ、前述のように、財産分けができなくても、税務署は待ったなしで法定相続分による仮の申告・納税を迫ってきます。

仮の申告、仮の納税とは

では、法定相続分による仮の申告・納税とはどのようなものなのでしょう。例えば夫婦に子供が2人いた場合で、ご主人が亡くなったケースで考えてみます。

この場合には、言うまでもありませんが、配偶者である妻が2分の1、子は残りの2分の1を人数分で分けるので、各々4分の1が法定相続分となります。

実際の分け方は、この段階では決まっていないのですが、とにかくこの割合で納税をすることになるのです。もちろん、何も決まっていないため、小規模宅地等の評価減の特例も、配偶者の税額軽減の特例も適用しないで計算せざるを得ません。つまり、税負担は非常に大きいものになるのです。

未分割でもできる工夫は?

そこで、少しでも話し合いがまとまるとすれば、こんなことも考えられます。それは、例えばご自宅敷地は妻である配偶者が相続する、これだけは全員が納得するということです。ほかの財産については話し合いがつかなくてもいいのです。とりあえず、小規模宅地等の評価減の特例を、どの場所で、誰が適用するのかが決まれば、この特例だけは受けられるのです。

平成27年以降の相続では、適用面積が従来の240m²から330m²にまで拡大されました。原則評価1億円の宅地が、80%引きの2,000万円の評価ですんでしまうのです。これだけでも話し合いがつけば、相続税の負担は大きく違ってくることになるのです。

このケースのように、被相続人の配偶者がいる場合はこんな妥協もできるのですが、両親ともがいない場合はそれほど簡単ではありません。そもそも、片親が残っている場合の相続は、両親ともがいない場合に比べ、相当程度話し合いはまとまるのです。それこそ親の鶴の一声というか、睨みが効くことも多いためです。

それに引き替え、両親ともがいない場合には、そもそも適用するための条件が厳しくなります。同居の親族がいる場合、その親族がご自宅敷地を相続すれば適用ありです。その場合には、これもご自宅についてだけは話し合いがまとまることもあり得ますが、ほかの財産の状況にもよるでしょう。このように、全財産ではなく、一部の財産についてだけの話し合いがまとまった場合、『一部遺産分割協議書』という合意文書を作成します。しかし、例え一部の財産についてだけの合意とはいうものの、一度決めてしまった分割方法を、後日変更することは税務上認められません。贈与の問題が生じてしまうのです。そうすると、税負担を軽減するためとはいえ、ご自宅だけを決めることに難色を示す相続人が出てきても不思議はありません。

ただ、もうひとつの特例である、配偶者の税額軽減の特例は、一部の財産だけが分割できても適用はありません。小規模宅地等の評価減の特例を受けたとして、それを前提にして、法定相続分で納税をすることが求められるのです。

分割ができないと困ること

さて、財産の分割ができないと、民法上はすべての財産が共有状態ということになります。つまり、どの財産も特定の相続人が単独での処分ができません。何をするにも全員の合意が必要なのです。

これで一番困るのが納税です。とりわけ配偶者は税額軽減の適用がなければ、先のケースでは相続税の総額の2分の1を負担しなければならないのです。相続財産にいくら多額の預金があっても、それは相続人全員の共有財産。配偶者といえど、1円たりとも自由にならないことになるのです。

つまり、配偶者ご自身の預金で納税ができなければ、借入れ以外に残された道はありません。最長20年の延納か、金融機関から融資を受けるかのどちらかです。“元金均等”払いの延納は当初の数年は、返済額が大きくかなりの負担。“元利均等”で毎回同額の返済額にしたいのなら、金利の面からも、昨今の状況では金融機関からの融資が有利な場合が多いでしょう。

ただし、延納にしろ、金融機関からの借入れにしろ、担保の提供が必要になります。配偶者自身の財産を担保に提供できればいいのですが、それができない場合はどうなるのでしょう。相続財産を提供するしか方法はないでしょうが、その場合には、相続人全員の同意が必要です。何度も申しあげますが、分割ができていないということは、全員の共有状態なのです。

相続人の全員が担保の提供で困るのなら、まだ救いもあります。相続財産を提供することに、自分も含め全員が困るので、それぞれ合意が得られるでしょうから。問題は、一人だけが相続財産に頼らなければならない場合です。その場合は、意地悪な相続人がいて、協力してくれないなどということがないことを祈るばかりです。

税理士。昭和27年生まれ。早稲田大学教育学部卒。税理士法人エーティーオー財産相談室代表社員。国税専門官として税務調査を10年強経験後アーンスト&ヤング会計事務所、タクトコンサルティングを経て独立。経験を生かした資産税のスペシャリストとして活躍中。著書に『相続に強い税理士になるための教科書』『相続財産は法人化で残しなさい』『円満な相続の本』など。

税理士法人ATO財産相談室

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