どんなに大きな目標もまずは小さな一歩から
当時、標高531mの札幌の藻岩山にも登れなかった私が、8,848mの世界最高峰に登るために始めたトレーニングの第一歩は、文字どおり「歩く」ことでした。歩くことは人間にとってあらゆる行動の基本であり、自分の意志で自由に移動できることは充実した毎日を過ごすための基礎になります。
この時から現在まで続けているのが、足におもりを付け、おもりを入れたリュックを背負って自宅の近所や東京の街中を歩く「ヘビーウォーキング」です。おもりを徐々に重くして負荷を高めていきましたが、これで山歩きの状況を平地でも再現できるうえ、筋力アップや骨密度の改善などの点で通常のウォーキング以上の効果が得られます。負荷をかけたこの一歩一歩の積み重ねで体重も着実に落ち、その歩みで培われた体力や筋力がその後のエベレスト登頂の原動力となりました。
60代で余命宣告を受けた私が、世界最高峰に、しかも当時の世界最高齢記録となる70歳で登頂できたのは、まず、エベレスト登頂という大きな目標を掲げ、そして、その目標に向けて歩き続けたからにほかなりません。この「歩く」には2つの意味があって、ひとつは文字どおり両足を交互に出して前に進むこと、そして、もうひとつは目標に向かって行動することです。エベレストの山頂のように、はるか遠くにある目標でも、小さな「一歩」を積み重ね続ければ近づくことができる。どんな目標を達成するにも、この一歩が不可欠なのです。
大切なのは、大きな目標を一足飛びに達成しようとせずに、まずは目の前の小さな目標に向かって焦らず一歩一歩進んでいくことです。例えば高齢者の方でも、それこそ「年寄り半日仕事」で、1日でやることを若い人のざっと半分にすればいい。若い人よりも比較的自由になる時間を味方に付けることで、無理なく目標に近づいていけるのではないでしょうか
心身を刺激する挑戦は最高のアンチエイジング
今後もいくつかプランがあって、2020年はオーストラリア大陸最高峰のコジオスコ、2021年はヨーロッパ大陸最高峰であるロシアのエルブルース登頂に挑戦できればと思っています。それと90歳になっても元気なら、断念したアコンカグアにぜひリベンジしたいですね。
それがどんなものであれ、私たちにとって挑戦は最高のアンチエイジングです。前向きな気持ちは心を若返らせ、目標を達成したいという想いが体を若返らせる。そういう意味で、体の前に、まずは心のアンチエイジングが大切だと思います。
思えば、今の日本は多くの国々と比べても十分に平和で豊かな国です。私たちはまず、そんな恵まれた環境で暮らせることの幸せに気づくべきでしょう。そのうえで、自分なりの目標を見つけて努力を重ねれば、さらに可能性が開けてくるはずです。
もちろん、世の中には大きな困難に直面している人も少なくありません。しかし例えば骨盤を骨折して入院していた私にとって「寝返りを打つこと」が目標になり、それを達成できた時にえも言われぬ達成感と幸せを感じられたように、苦境や不遇のなかでも、どんなささやかなことでも何かしら目標を見いだして、それを前進する力に変えることができる。そんなところに人間の尊さはあると思うのです。
ぜひ皆さんにも、世の中や己の境遇をあまり嘆かず、他人と比較しないで、自分のペースで一歩一歩目標に向かって前進してほしいと思います。どんな境遇の人でも、何歳になっても、人生に“もう遅い”はないのですから。
※本記事は2020年1月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
クラーク記念国際高等学校校長、全国森林レクリエーション協会会長、株式会社ミウラ・ドルフィンズ代表取締役。1932年青森県生まれ。北海道大学獣医学部卒業。1964年、イタリアのスキー競技キロメーターランセに日本人として初参加し、当時の世界スピード記録を樹立。1966年、富士山直滑降、1970年、エベレスト8,100m地点からの世界初スキー滑降、1985年、世界7大陸最高峰からのスキー滑降を世界初達成。2003年、エベレストに世界最高齢となる70歳7か月で登頂。以降2008年、2013年にも登頂に成功し世界最高齢登頂記録を更新。『歩き続ける力』(双葉社)、『三浦雄一郎 挑戦は人間だけに許されたもの』(平凡社)など著書多数。
プロスキーヤー・冒険家
三浦 雄一郎 氏