既存の建物を生かし、“コトづくり”で地域を再興していく。
建物ではなく、街の問題として未利用ストックの価値を再生する方法を探る。
空き家や老朽化といった不動産の課題は、ともすると単にハードの問題と捉えられがちです。しかし、人々のライフスタイルや不動産に求められるニーズが多様化している現在、資産経営には、その不動産を“どう使うか”というソフト的な視点が欠かせません。
こうした時代の中、新たに建物をつくるだけではなく、まちのあり方や人々の暮らし方に目を向けて、既存の建物の“使い方”を変えるリノベーションで、新たな人の流れを生み出し、地域の活性化を促す試みが成果を上げつつあります。今回は、この「建物→人→まち」の好循環を生み出す新しいスタイルのまちづくりに取り組んでいる建築家の嶋田洋平氏にお話を伺いました。
未利用ストックの使い方を変えて
新しい出来事を創出する
現在、日本では都市部も地方でも空き家の増加が社会問題化して、国も「フローからストックへ」と住宅政策の転換を図っています。思えば10年ほど前ぐらいからでしょうか、当時、建築設計事務所に勤務していた私のところにも、既存のビルを耐震改修したり、違う用途の建物に仕立て直したりするリノベーションの依頼が増えている実感はありました。
その後、私が独立しようとしていた平成22年頃に、鹿児島市にある百貨店から大手資本が撤退し、もともとその百貨店を経営していた地元の事業者が再生させるプロジェクトに参加しました。そこでお仕事をご一緒した人から、「これから日本は人口が減っていく時代になるのに、新しい建物を造り続けるのは問題なのではないか」という話を聞いて大きな衝撃を受けたのです。
それまでの私は建築家として新たに建物を造ることは当然だと思っていて、その基盤である社会の状況には無頓着だったことを痛感させられました。そして「このまま新しく建物を造る建築家として生きていくのではなく、造ること以外の建物に関わるすべてを仕事にしていこう」というスタンスが明確になったのです。
それからほどなく、私の故郷である北九州市のアーケード商店街にあり、10年以上空き店舗になっている「中屋ビル」という当時築40年以上の古い建物のビルオーナーから、これをなんとか再生できないかと相談をいただきました。実は、その前に当時勤務していた事務所が横浜の歴史的建造物を取り壊すまでの1年半の間だけごく安い家賃で借りたことがあり、そこに他の設計事務所やデザイナーなどを50組ほど呼び集め、クリエイティブ拠点のようなかたちで活動したことがあったのです。中屋ビルの話をいただいた時、この横浜でやった方法で若いクリエイターたちをたくさん集めて、アトリエやショップやカフェなど新しいビジネスをスモールスタートさせる場を提供することはできないかと考えました。
そこでオーナーに提案したのですが、私はその際、ビルがずっと空室になっているのは、このビルの問題ではなくて、このまちの問題だということを訴えました。まちの問題自体を解決しなければ、テナントはすぐに出ていってしまい、家賃も下げざるを得なくなる。それは北九州市に限らず、日本全国、空き家だらけになったすべての地方の商店街が抱える構造的な問題です。
オーナーもその考えに賛同してくれて、若い人たちでも借りられるような安い家賃で募集をかけると、すぐに8組ぐらいの事業者が集まりました。さらに、その賃料から割り出した投資額で必要十分なリノベーションをおこない、「メルカート三番街」という名前でオープンしたところ、入居したテナント関係者の知り合いが山のようにやってきたのです。単に新しいお店にやってくる客とは違う層の人の束がどっと集まってきて、「これが、コミュニティだ」と思いました。単に建物を造る「モノづくり」ではなく、建物の使い方や使う人を変えることで、新しい事業や新しい人の流れ、そしてコミュニティやまちの活気を生み出せる。つまり「コトづくり」ができると確信しました。