1.シミュレーションの作成と問題点の把握
(1)ある会社社長の場合
私の知人の父上A氏は、現在77歳、都内で建設関係の甲会社を経営するとともに、不動産管理会社を子会社に持っています。奥様Bさんは、74歳で、長男C氏が、現在同社の常務取締役をつとめ、同社グループの経営を分担しています。C氏の保有株式は5万株です。
同社の発行済株式は、47万株で父上A氏が32万株、母上Bさんが5万株を有しています。
A氏の子供は、上記長男のC氏(48歳)、長女Dさん(45歳)、次男E氏(42歳)、次女Fさん(39歳)で、E氏もA氏の助力を得て自分で不動産会社を経営していますが、甲社株式を5万株保有しています。
A氏は、個人として預貯金、自宅等の不動産を持っていますが、かなりの資産は会社所有となっており、自社株を評価してもらったところ、借入金を考慮しても1株150円は下らないと言われ、最近、自分が亡くなった後の会社の経営について考えることが多くなったというのです。
貴社の場合はいかがでしょうか?
以下このケースについて検討していきますが、皆様もご自分の会社の場合も同様にシミュレーションを検討してみて下さい。
(2)法定相続分を算定
まず、株式が法定相続された場合どうなるでしょう。
本件で、A氏が遺言等の対応をされなかった場合の株式の帰属は以下のようになります。
- Bさん 16万株+5万株(固有の株式)=21万株
- C氏 4万株+5万株(固有の株式)=9万株
- Dさん 4万株
- E氏 4万株+5万株(固有の株式)=9万株
- Fさん 4万株
同社の総株式の過半数は、235,001株、特別決議に要する議決権の3分の2の株式数は、313,334株となります。
(3)会社意思決定上の問題点
本件では、現在C氏が甲社の常務取締役としてA氏の事業を分担しているようです。そこで、C氏が甲社の事業を承継することを想定すると、会社経営上お母様がC氏に協力できれば、普通決議は問題ありません。しかし、定款変更その他の会社経営上重要な意思決定である特別決議を行おうとすると、C氏及びBさんだけでは決議要件を満たさないことになり、仮にC氏及びBさん以外のすべての相続人が反対したときは、特別決議は通らないということになります。
また、万が一BさんがC氏の意向に反対したときは普通決議も通らないことになります。 このように仮にA氏がC氏に甲社の事業を盤石な状態で承継させたい場合は、何らかの具体的な対応が必要となります。貴社の場合はどうでしょうか?
(4)資産承継上の問題
そこで、A氏として自分の持っている甲社の株式のうち、C氏が最低でも3分の2以上の持株比率を有するように相続させることを考えるでしょう。
その場合の株主構成は以下のとおりとなります。
- Bさん 56,666株+5万株(固有の株式)=156,666株
- C氏 263,334株+5万株(固有の株式)=313,334株
- Dさん 0株
- E氏 5万株(固有の株式)
- Fさん 0株
しかし、前回お話ししたように相続財産全体の2分の1は遺留分の対象となるため、仮に他の相続財産を考慮しないと、C氏以外の相続人の遺留分に相当する16分の7の株式については、他の相続人からの減殺請求の対象となります。
そこで、C氏が相続を受けた株式のうち遺留分減殺対象部分(320,000株の16分の7=140,000株)を価格償還するために必要な資金は、上記の株価150円を前提にすると、(263,334株-140,000株)×150円=18,500,100円となります。
このようなシミュレーションは、貴社の株式においても可能ですし、過去2回のお話でお分かりのように事業承継を考えるにあたって必要不可欠な検討事項です。
2.具体的な種類株式の選択
(1)実行方針の検討
このような状況把握を前提として、前回お話しした、(1)基本戦略の確認、(2)実行方針の決定に関する各事項を基準に具体的な承継計画を策定することになります。
本件の場合に、A氏は全体株式のうち3分の2以上を所有しているため、事前の定款変更が可能です。この株式数に満たない場合は、承継アクションに入る前に、定款変更が可能となる共同株主を確保する、他の相続人予定者から事前に株式の譲渡を受ける、一定の範囲で増資を行う等のプロセスを踏まえて上記比率まで株式数を増加させることが必要です。
また、前述したとおり、この時点で、相続対象財産の中に会社の業務に供している資産があるかどうかも重要なポイントです。
本件では、A氏は、自宅等の不動産を持っているが、かなりの資産は会社所有となっているということでしたので、株式の承継を中心に事業承継の方針を決定すれば良いと言えますが、例えば、事業に供する資産がA氏個人所有の土地に存する場合等は、当該不動産の優先的な承継を前提として株式の承継割合を決定したり、不動産に借地権を設定する等の対応が必要となります。
(2)種類株式の選択
前回のコラムで、貴社が選択しうる種類株式として、(1)議決権制限株式、(2)拒否権付種類株式、(3)全部取得条項付種類株式を挙げました。
本件ではどうでしょう。
中小企業の事業承継にあたって、現実的に利便性が高いのは、やはり、議決権制限株式であると考えます。拒否権付種類株式は、敵対的買収対策として挙げられることが多いのですが、オーナーが今まで育ててきた事業には、収益を生む資産という性格だけでなく、従業員の雇用の場を確保することや、オーナーの事業に対する主観的な価値を尊重する承継者に事業を継続してもらいたいという意思もあるでしょう。
その意味で、拒否権付種類株式は、承継予定者に拒否権という極めて強い権限を与えることになり、オーナーの意思に沿わない事態を回避できなくなる恐れがあるように思えます。
また、全部取得条項付種類株式は、他の相続人の株式を取得する時点で当該相続人に株式買取請求権が認められるため、当該承継者ではありませんが、会社に資金需要が発生します。この価格は、当該株式の時価となりますので、会社にとっては相応の負担となるでしょう。
その意味で、事業承継者に相続させる株式以外の株式について、議決権を制限する議決権制限株式を選択する方法が良いと考えます。
以上を前提に議決権制限株式の発行が可能となるような定款の変更を行います(会社法108条1項3号、同条2項3号)。
3.議決権制限株式の発行
議決権制限株式を発行するためには、(1)議決権制限株式について第三者割当増資を行いA氏に当該株式を割り当てる方法、(2)A氏の保有株式の一部を議決権制限株式に変更する方法、(3)議決権制限株式を全株主に無償で割り当てる方法があります。
このうち、(1)の方法は、各株主の持株比率を変更するため原則として、その都度株主総会の特別決議をもって募集事項を定める必要があります。ただし、この方法によるときは、A氏は増資にかかる株式の引受額を調達する必要があります。※1
※1:特別決議の承認を得れば払込金額を募集株式の引受人にとって特に有利な金額とすることも認められています。しかし、取締役は株主総会において特に有利な金額で募集することを必要とする理由を説明しなければならず(会社法199条3項)、当該募集する株式の引受人となる株主が議決権を行使したことにより当該特別決議が成立した場合には、理由に客観的合理性がなければ「著しく不当な決議」として決議取消事由となると解されていますので注意が必要です(会社法831条1項3号)』
これに対して(2)の方法は、増資を引き受ける元手が必要ありません。この場合、株主総会の特別決議をもって、議決権制限株式を発行できる旨の定款の変更を行い(会社法108条2項3号)、A氏が所有している株式の一部を議決権制限株式に変更する旨の登記が必要です(商業登記法46条)。
しかし、この場合に注意しなければならないことは、自己所有株式の一部を無議決権株式化することによって、他の株主との議決権バランスが崩れ、現時点での支配株主としての地位を失う可能性があるということです。
例えば、現在A氏は甲社の株式を32万株保有している訳ですが、同社の特別決議に要する株式数は、上述したように約31万3,000株ですから、A氏単独で特別決議要件を維持することを考えると、現時点で議決権制限株式化できる株式の範囲は7,000株程度ということになるでしょう。
しかし、C氏がBさんと共同歩調を採ることが可能であれば、A氏の死亡後最低2万株が無議決権化されていればC氏とBさんで特別決議が可能です(C氏及びBさんで30万株を取得し、その他の相続人は議決権株式を15万株保有することになる)。
このようにして、A氏の持株のうち2万株を無議決権株式に変更し、これをBさん、C氏以外に相続させるという設計が可能です。
次に(3)の方法ですが、(3)は、資金調達の必要がない点で(2)と同様です。この場合、議決権制限株式の発行ができる旨の定款変更を行った後、株主に割り当てる株式の種類、数、効力発生日等の事項を定めた株主総会決議が必要ですが、取締役会設置会社であれば取締役会の決議によることができます(会社法185条、186条1項、3項)。
また、全株主に持株比率に応じて株式を割り当てることになるので、少数株主の権利関係への影響を判断する必要がありません。この方法によるとすると、C氏の支配権を確保できる程度にA氏において議決権制限株式を取得することを目的として議決権制限株式の無償割当てを行うことになります。
本件では、A氏の資金的な負担を考えると上記(2)または(3)の方法によって議決権制限株式を発行する方法が良いと思われます。
次回は、引き続きこのような方法で選択した案をどのように遺言にしていくか、その実務について勉強することとしましょう。
※本記事は2011年3月に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
弁護士。昭和31年生まれ。早稲田大学法学部卒。昭和55年司法試験合格後、司法研修所、海谷・江口・池田法律事務所を経て、平成元年に木島法律事務所を設立。組織変更を経て、平成22年12月より木島綜合法律事務所。一般民事事件とともに、都市再開発法・借地借家法・不動産売買等の不動産関係法務や会社法・労働法等の企業法務等を多く扱っている。
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