すまいとくらし

黄昏どきの学びは素敵

黄昏どきの学びは素敵

ドイツの哲学者ヘーゲルは、著書『法の哲学』のなかで、「ミネルバのフクロウは、迫り来る黄昏をまってはじめて飛び立つ」と書いています。
西洋では「森の賢者」と呼ばれ、知恵を象徴する鳥フクロウ。黄昏どきに飛び立つフクロウに、私たちは何を見るのでしょう。


人間の能力は、20代を頂点とする記憶力や瞬発力などの「流動性能力」と、学びや経験が培う「結晶性能力」との2つに分けることができます。年とともに全ての能力が低下していくと思われがちですが、結晶性能力は年月によってこそ育まれるのです。

とはいえこの能力は、長生きすれば誰もが得られるのかというとそうでもなく、学びや経験のよい積み重ねが大切で、高齢になるほど個人差が出てきます。若い人には真似できない思慮深さや思いやりを持つ「長老」は、結晶性能力が傑出した人といえますね。

学び続けている人は共通して若く元気です。千葉に住む友人のおばあ様は、60才を過ぎてから大正琴を習い始めました。83才の今では師匠として、多くの生徒さんを教えています。ある男性は定年退職を機に60才で前職とはまったく異なるカウンセリングの勉強を始めました。現在70才、傾聴や共感を学びたい人を育て続けています。

セカンドステージでの学びは若いときと違い、本人の嗜し好こうやペースで進められます。適度に広く学ぶのもよし、ひとつのことをゆっくり掘り下げるのもよし。

最近、生涯学習センターや大学のシニア向けの講座は、セカンドステージを謳歌する人たちで隆盛を極めています。なかでも自分史の編さんや回想録の講座が人気を集めているようです。もともと人には学びたい欲求や人に伝えたい気持ちが備わっているのかもしれません。

欧米では大学と住まいをリンクさせたカレッジリンク型シニア住宅が注目されています。そこでは大学の豊富な講座から授業を選択することができ、学びを中心とした生活環境が、要介護率を低下させているそうです(日本でも関西大学千里山キャンパスで、その試みが始まっています)。

私はケアの学びをより深くしようと思っています。19才のとき、ナイチンゲールの『看護覚え書』を勉強しました。そこには「必要なことは太陽の光、きれいな空気、食事、会話……」など、専門的な看護の方法ではなく、ケアの考え方や心得が書かれていました。この書のひとつひとつが心に強く響く年代になりました。年を重ねれば、新たなそしてもっと深い出会いがあるはず、と楽しみにしています。

フクロウは研ぎすまされた感覚で、暗く複雑な森の中を把握しているといわれ、また驚くほど広い視野があるそうです。皆さんは暮れかけた森のどの方向に、翼を広げて飛び立ちますか?得た知恵を、誰にどんなふうに伝えますか?

★ミネルバ:ローマ神話の女神。知恵・工芸・戦争を司り、フクロウを従者としている。

ケアマネジャー・看護師・産業カウンセラー。三井不動産(株)ケアデザインプラザで、介護を含めたシニアライフのコンサルティングを行っている。やさしく丁寧なコンサルティングに定評がある一方、企業の介護関連のアドバイザーとしても活躍し、講演・執筆も多数。高齢者支援のみならず、支える人を支えるメッセージを各方面に発信している。ウェブサイト「gooヘルスケア」で介護コラムを連載中。著書に『介護生活これで安心』(小学館)。

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