土地資産家のための法務講座

相続法の改正 ~その2 配偶者居住権の創設~

これまで、故人所有の自宅に同居していた配偶者がそのままその家に住み続けるには、自宅の「所有権」を持つ必要がありました。ただ、不動産を所有するには大きな負担がかかります。場合によってはその後の生活費が不足してしまう事態も考えられました。改正民法で新設された「配偶者居住権」を一言で言うと、「残された配偶者が死ぬまで自宅に住み続ける権利を得ながら、生活費も算段可能な道を用意した制度」と言えます。詳しく説明していきましょう。

Q.お客さまからのご質問

民法の相続法が改正され、配偶者居住権という新しい権利が創設されたと聞きました。配偶者居住権が制定された目的とは、どのようなものでしょうか。また、権利の内容や、どのようにすれば配偶者居住権を設定できるのか、その方法等を教えてください。

A. お答え

配偶者の居住を保護するための権利

改正民法では、高齢化社会の進展と家族のあり方に関する国民意識の変化等の事情により、相続において、配偶者を保護する必要性が高いことから、被相続人の死亡後、配偶者が住み慣れた自宅での居住が継続できるようにするため、配偶者の居住を短期的に保護する「配偶者短期居住権」と、その居住を長期的に保護する「配偶者居住権」の2種類の権利を新たに制定し、2020年4月1日から施行することとされました。

配偶者短期居住権とは?

配偶者短期居住権は、配偶者が被相続人所有建物に相続開始時に無償で居住していた場合は、居住建物について、相続開始後、少なくとも6か月間(遺産分割協議がそれよりも長期にわたるときは遺産分割成立時まで)は居住建物を無償で使用する権利(「配偶者短期居住権」)を有することとされたものです(改正相続法1037条1項)。

配偶者居住権とは?

配偶者居住権は、配偶者が原則として死亡するまで住み慣れた自宅に居住することができる権利です。配偶者居住権を制定した理由は、例えば、被相続人A氏の相続人が配偶者のBと、長男Cの2名で、相続財産は自宅の土地建物(評価額3,000万円)と預貯金2,000万円であったとします。改正前民法のもとでは妻Bが住み慣れた自宅に住み続けるには、妻Bが自宅の土地建物(3,000万円)を取得することになりますが、妻の相続分は2分の1ですから、相続財産5,000万円(土地建物3,000万円+預貯金2,000万円)の2分の1の2,500万円しか取得できません。妻が自宅の土地建物(3,000万円)を取得すると、500万円ほど妻の相続分を超過してしまいますので、妻は他の相続人であるCに対し500万円を支払わなければならなくなります。これでは、妻は居住の継続はできるかもしれませんが、老後の生活に備えた金融資産を十分に取得することができません。改正民法のもとでは、妻が自宅の土地建物ではなく、自宅の建物に対する配偶者居住権を取得すれば、仮に配偶者居住権の評価額が1,500万円であったとすれば、妻は終身の間自宅の建物に居住することができるうえに、被相続人の預金のうち相続分の残りの1,000万円分は取得することが可能です。つまり、配偶者居住権を活用すれば、配偶者は、住み慣れた自宅に死亡するまで居住し続けるとともに、金融資産についても取得することができることになります。

配偶者居住権の設定方法

配偶者居住権は、特別な設定行為が必要です。配偶者居住権の設定方法は、①遺産分割協議、②遺贈、③死因贈与(被相続人の死亡と同時に効力を生じる贈与)および④家庭裁判所の遺産分割の審判の4つです。この4つ以外の方法では配偶者居住権は設定できません。また、配偶者居住権は配偶者の死亡により消滅します。このため、配偶者居住権は他人に譲渡することが認められていませんので、この点に注意が必要です。

※本記事は2020年1月号に掲載されたもので、2022年1月時点の法令等に則って改訂しています。

東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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