父は、都心の一等地にある自宅の土地建物のほか、若干の有価証券と預貯金とを残して亡くなりました。母はすでに他界しており、私を含めた4人の兄弟姉妹で父の遺産を相続することになりました。長男である私は、ずっと両親と同居しており、できれば土地建物は私が相続したいと考えています。自宅以外の有価証券や預貯金はすべてほかの3人の兄弟が取得することに異議はありませんが、ほかの兄弟たちは、自宅の土地建物が父の全遺産の3分の2以上の価値があるため、それでは不満だと言っています。私の相続分を超える部分の価額を私がほかの兄弟たちに支払う約束をすることで、自宅の土地建物を私が相続することはできるのでしょうか。その場合に、私が支払う価額は自宅の土地建物の相続税評価額を基準にすればよいのでしょうか。
遺産分割の方法
被相続人の遺産を相続人が分けるには、3つの方法があります。ひとつには、遺産を相続人が現物で分ける方法でこれを「現物分割」といいます。現物分割が困難な場合は、遺産を売却して金銭に変え、その金銭を相続人が分ける方法、すなわち「換価分割」という方法があります。換価分割は相続人間の完全な平等を確保することはできますが、思い入れのあるご自宅等を売却しなければならないという点で、相続財産によっては換価分割の方法をとることができない場合があります。現物分割も換価分割も困難な場合には、特定の相続人が特定の相続財産を単独で相続し、ほかの相続人は、遺産を単独で取得した者の相続分を超える部分を金銭で受け取る方法もあります。この金銭を「代償金」といい、このような分割方法を「代償分割」といいます。
代償分割の条件
相続の現場では、代償分割の方法により、自宅の土地建物を特定の相続人が取得したり、被相続人が経営していた会社の自社株を後継者である相続人に集中して相続させることが可能となります。ただし、代償金は相続開始時の相続税評価額で計算するのではありません。代償金はあくまで時価で計算します。またその時期は相続開始時ではなく、不動産や株式のように値動きのある物は、遺産分割時の価額によって決定されます。相続人間で代償分割の合意ができれば問題はありませんが、そうでない場合、家庭裁判所の審判となった場合には、代償金の支払能力を有する者でなければ、原則として、代償分割の決定はなされません。このような場合に備えて、遺言で自宅の土地建物や自社株等を相続する相続人を指定し、指定された者がほかの相続人に代償金を支払う旨を定め、代償金を支払えるように当該相続人を生命保険金の受取人に指定しておくなどの対策を講じることも可能です。
※本記事は2016年10月号に掲載されたもので、2021年12月時点の法令等に則って改訂しています。
東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。
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