土地資産家のための税務講座

事前に知っておきたい、相続税の延納・物納とは?

相続は突然発生することが多いにも拘わらず、納税は現金一括納付が原則です。とはいえ、金額が大きすぎてすぐに現金を用意できないケースもあるでしょう。そういった場合、延納・物納という手段を採ることができるのですが、納付者が自由に選べるわけではありません。今回は、相続税の延納・物納について解説していきます。

物納の有利不利の判断

納税方法としてのもうひとつの特例である物納も検討しておきましょう。物納は文字どおり土地建物等の不動産や有価証券、その他の動産で納税する方法です。

延納と物納は、納税をする方が勝手に決定できるわけではありません。まずは前述の延納を指示されるのです。それでも納税ができない場合に限って、できない部分にだけ物納が認められるという順序になっているのです。

なお、その収納価額(国が引き取ってくれる価額)は相続税の評価額、つまり申告書に記載したその財産の価額です。それらの財産を売却し、換金化して納税するのと、物納で納税するのとではどちらが有利なのかを考える必要があります。

物納は言ってみれば財産を税務署に売却するようなものですが、これに譲渡税は掛りません。しかし、財産を売却、換金化したうえで現金で納税した場合には、売却した時点で売却益があれば、譲渡税の対象となります。さらに、売却にあたっては、不動産のように仲介業者に仲介手数料を支払わなければならない場合もあるわけです。つまり、物納と売却の有利不利の判断は、相続税の評価額そのものと、売却し換金化した場合の手数料、譲渡税を考慮した手取り額との比較になるのです。

物納は難しくなったのか?

ここで、物納に対する最も大きな誤解をご紹介しましょう。それは物納を認めてもらうのは非常に難しく、実際の納税方法としてはなかなか利用しにくいというものです。確かに物納を認めてもらうには様々な条件をクリアーする必要があります。しかし、条件があるからといって、果たして利用しにくい納税方法なのでしょうか。

かつて物納は、とりあえず物納の申請書を申告期限までに提出し、物納条件は時間を掛けて整備していけばよかった。“とりあえず物納”という言葉さえあったくらいなのです(筆者の造語ですが…)。従って、物納が認められるまでには長ければ数年を要するものもあったのです。しかも最終的に認められれば、その間の利子もなく、収益物件であればその間の収益まで享受できる仕組みだったのです。

それが今では時間稼ぎはできなくなりました。なぜなら、物納が認められるか否かの判断が非常に早くなったからです。原則として物納の申請期限(相続税の申告期限と同じ)から3か月以内にその判断が下されるのです。そのため、基本的には申請期限までにすべての手続き書類が整っていなければならないわけです。なお、物納申請財産の状況によっては、1回につき3か月を限度として最長1年までは書類の提出期限を延長してもらうことは可能です。これらの場合を含め、物納の適否の判断を原則の3か月から9か月まで延長する場合があります(図3参照)。

いずれにせよ、物納適否の判断基準が厳しくなったわけではなく、原則的には物納の申請期限までにすべての準備が整っていなければならなくなったのです。決して物納することが難しくなったわけではありません。時間稼ぎができなくなったため、事前の周到な準備がないと、物納の許可がされにくくなったということなのです。

納税方法は相続人ごとに判断される

以上で相続税を納税するには、現金による一括納付を原則としつつも、延納と物納という特例があることはご理解いただけたと思います。ここで重要なことは、どの納税方法を選択するにしても、相続人ごとに判断するということです。相続税の申告書自体は通常は全員がひとつにまとめて、被相続人○×の申告書として提出します。しかし、それぞれの相続人がどの方法で納税するかは各自の判断です。

例えば現預金5,000万円だけを相続した相続人Aがいて、その納税額が2,000万円だったとします。この場合、Aについて考えられる納税方法は選択の余地がありません。現金の一括納付だけでしょう。それが十分にできる状況だからです。

しかし、一方で相続人Bは現預金を全く相続せず、借地人が居住している底地だけを相続したとします。このBについての納税方法にはどんな可能性があるでしょう。底地という土地を相続したため、毎年地代収入は見込めます。Bに独自の預金が全くなければ、現金による一括納付はできません。この場合、地代収入がそれなりにあれば、相応分は延納が認められるでしょう。しかし、納税額が多額で延納ではとても無理な状況なら、Bには物納が認められることになります。

底地は土地の所有権を持っているとはいっても、現実には土地が戻ってくる可能性は低く、収益性も高くはありません。それを物納してしまいたいなら、例えば幼い孫を養子縁組して相続人にし、底地はこの孫に集中して相続させるのです。もちろん、この孫には現預金は全く相続させません。そうすれば、この孫自身には預貯金はなく、延納では納税も無理と判断されて物納が認められるでしょう。

このように、財産分けをする段階で納税方法まで相続人ごとに考えておくことは、非常に重要です。納税方法はあくまでも相続人ごとに判断されるのです。分け方次第では、使い勝手の悪い財産を、物納という形で処分し納税まで完結できることがあるかも知れません。

※本記事は2018年9月号に掲載されたもので、2022年1月時点の法令等に則って改訂しています。

税理士。昭和27年生まれ。早稲田大学教育学部卒。税理士法人エーティーオー財産相談室代表社員。国税専門官として税務調査を10年強経験後アーンスト&ヤング会計事務所、タクトコンサルティングを経て独立。経験を生かした資産税のスペシャリストとして活躍中。著書に『相続に強い税理士になるための教科書』『相続財産は法人化で残しなさい』『円満な相続の本』など。

税理士法人ATO財産相談室

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