土地資産家のための税務講座

“家なき子節税”濫用は通じない。小規模宅地等の特例を正しく理解する

平成30年度税制改正に伴い「小規模宅地等の特例」も一部改正されました。本来、被相続人と同じ生計基盤を持つ相続人の生活を守ること、また事業承継を円滑にすることなどが制度の趣旨でしたが、制度を濫用するケースも目立ったことで、厳格化の対応が取られたといえます。大きなメリットのある制度だからこそ、要件が複雑なものにならざるを得ません。そこで今回はこの特例の基本的な考え方と改正点等を、居住用宅地に的を絞って検証してみましょう。

“家なき子”を利用した節税封じの改正

それはそれとして、前述のような無理やりに“家なき子”を創出するようなこの手の対策を、課税当局は苦々しく思っていたようです。何しろ原則的評価額から80%も減額ができる大きな特例です。ではなぜこのような大きな減額特例を設けたかというと、そもそもは被相続人のご自宅は、配偶者や同居の親族にとって生活の基盤になるべきもの。それに多額の相続税が課税されたのでは、その後の生計を維持するのに困難をきたす可能性があるためです。

そこで納税者感情を考慮して、一定の場合にはご自宅敷地については大きな特典を与え、税負担を減少させているのです。それを基準に考えると、家なき子に対する特例は、生活の基盤という意味では、配偶者や同居の親族ほどには重要性は少ないのかも知れません。

この様な状況下、課税当局は家なき子に対して、次のような改正をして規制を始めたのです。ひとつは従来相続人とその配偶者の持ち家に限定していたものを、対象者を拡大しました。3親等内の親族、関係する同族会社・一般社団法人等の有する家屋に相続開始前3年以内に居住していたものも適用させない、というもの。もうひとつは、相続開始時に居住していた家屋を過去に所有していた者を特例の対象から除外する規定で、これには何年前という期限がありません(図4)。これらの改正により、従来の同族会社への売却や親族への贈与によって、“家なき子”になる方策は完全に塞がれてしまいました。とにかくこの特例を受けるためには、家を持たず他人の建物に借家住まいすることが強制されることになってしまったのです。

なお、これらの改正は平成30年4月1日以後の相続について適用されています。ただし、一部経過措置として、平成30年3月31日以前に改正前の“家なき子”の要件を満たしていた宅地等については、令和2年3月31日までに発生した相続に限り、特例を適用できるという例外もありました。

老人ホームへの入居も要注意!

居住用宅地について、この特例の適用を考えた場合、老人ホームへの入居についてもしっかりと確認しておかなければなりません。と言うのも、ご高齢になって長年住み慣れたご自宅から、いわゆる老人ホームへ移り住む方も多いためです。そうするとその老人ホームこそがその方の本拠地となり、それまでのお住まいはもはやご自宅とは言えなくなってしまう恐れもあるからです。

ここでもう一度この特例の適用要件を確認しておきましょう。被相続人が所有していた土地のうち、(a)被相続人の居住用宅地、または(b)被相続人と生計を一にする親族の居住用宅地であること、がその条件です。従って、老人ホームへの転居後も配偶者やお財布が同じ相続人がそこにお住まいであれば、何らの問題もありません。問題はどなたも住まず、「空き家」になってしまった場合です。この場合でも家なき子が相続すればOKです。また、その空き家にそれまでは別居していた相続人が新たに居住した場合には、被相続人の居住用宅地としては特例の適用はできません。しかし、その相続人が被相続人と同じ財布で生活をしていれば、今度は前述(b)の“被相続人と生計を一にする親族の居住用宅地”として適用ができます。

時折みられるケースとしては、老人ホームへ入所の後、その維持管理の費用ねん出のために従来のご自宅を賃貸してしまう場合です。前述の要件からもおわかりのとおり、ひとたび賃貸に供してしまうと、もはやこの特例の適用はありません。

なお、老人ホームなら何でも適用がある訳ではなく、一定の法律で定められた施設(租税特別措置法施行令第40条の2第2項)であることが必要です。大半の施設はこの条件に当てはまりますが、入居に際してはこのことも確認しておく必要があります。上記の改正で、平成30年4月以降に創設された「介護医療院」も老人ホームと同じ取扱いとなります(図5)。

また、大前提として、介護が必要なための入居が条件ですが、当初は元気な状態で入居しても、相続時点で要介護の状態であれば問題はありません。

いずれにしても、老人ホームに入ったからといって、そのことだけで特例の適用がなくなる訳ではありません。しかし、前述のとおりいくつかの条件付きですので、入居に際しては十分な確認と注意が必要です。

小規模宅地等の評価減の特例は、相続税の申告において非常に大きく有利な特例です。ご自宅について適用することも多いので、これらの適用要件を事前に確認しておき、確実に適用できるようにしておきたいものです。

【国税庁】相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)

※本記事は2018年5月号に掲載されたもので、2022年1月時点の法令等に則って改訂しています。

税理士。昭和27年生まれ。早稲田大学教育学部卒。税理士法人エーティーオー財産相談室代表社員。国税専門官として税務調査を10年強経験後アーンスト&ヤング会計事務所、タクトコンサルティングを経て独立。経験を生かした資産税のスペシャリストとして活躍中。著書に『相続に強い税理士になるための教科書』『相続財産は法人化で残しなさい』『円満な相続の本』など。

税理士法人ATO財産相談室

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