注目すべき税務紛争の事例
さて、納税する側と税務署で課税関係についての見解が分かれた場合、最終的な決着はどうなるのでしょう。税務署は更正処分という職権で課税をおこなうことになります。それに対し納税をする側では、かつては一旦税務署に対し異議申し立てをしたうえで(現在はこれを省略することも可)、それでも納得ができなければ国税不服審判所なる第三者機関に事の是非を問うことができます。この手続きを審査請求と言いますが、いきなり裁判所で争うことはできません。裁判の前に国税不服審判所の判断を仰ぐ必要があるのです。ここで出された見解は裁判ではないので、判決ではなく“裁決”と言いますが、注目すべき重要な裁決事例をご紹介しましょう。
まず、審査請求をした納税者を請求人と言います。請求人Xは土地の売却に係る申告に際し、その取得費の実額を証明する資料がなかったのです。そこでXは取得当時の預金の元帳から、該当する出金額を特定し、その合計額を土地の取得費にしました。ただ、預金の元帳には支払先の記載がないため、明らかにそれが土地の取得であると断定することはできない状況だったのです。
それに対し税務署は、土地取得費の算定根拠に信憑性なしとしてその金額を否認。そこで税務署がその論拠として持ちだしたものが上記の“市街地価格指数”だったのです。さすがに税務署も申告額を否認しておいて、根拠も示さず単純に5%で課税することははばかられたのでしょう。前述の売却した年、および取得した年の各指数を用いて、売却価額から取得費を推定したのです。その結果、審判所は税務署の主張を認め、市街地価格指数による取得費を適正額と判断したという裁決なのです。
市街地価格指数の問題点
この市街地価格指数ですが、前述のとおり地点別のものではありません。昭和60年以降の三大都市圏については、東京圏で①東京区部②東京都下③神奈川県④埼玉県⑤千葉県の5区分。大阪圏は①大阪府市街地と②大阪府を除く市街地の2区分と全国的・マクロ的にみるのに』適しているものなのです。したがって、同じ“東京区部の商業地”であっても、中央区の銀座と戸越銀座あるいは十条銀座とでは状況が異なるのではないか、という疑問が残ります。ただ、筆者の知る限りではこの市街地価格指数を適用したこと自体を税務署に否認された事例はないようです。それもそのはず、何しろ税務署が審査請求の過程で採用したほどの指標なのですから。
なお、この一般財団法人日本不動産研究所ですが、もとは国策銀行である旧日本勧業銀行で鑑定業務を担っていた部署のようです。そんな背景があるためか、鑑定評価を含め、この団体に、税務署は絶大な信頼を寄せているようです。
すでに5%で申告していたら…
ここで話は5%に戻りましょう。取得費が不明ですでに5%で申告していても、これからこの価格指数で算出した「更正の請求書」を提出したら、税務署は認めてくれるのでしょうか。答えは限りなくNOと言わざるを得ません。冒頭でも述べたとおり、通達では昭和28年以降にも5%基準を適用して差し支えないことになっています。これは法律ではなく、あくまでも通達で、税務職員が実務を執行するためのガイドラインに過ぎません。
しかし、そうは言いつつも、実務上5%基準は法律とほぼ同等の位置づけになっているのです。したがって、すでに5%で申告していれば、間違った申告をしたわけではないので救済の道はないでしょう。この指数を使うなら、あくまで当初の申告です。何度も申しあげますが、この指数は個別地点の状況を反映したものではありません。
もし救済策があるとすれば、該当地点の当時の公示価格でも調べたうえで、不動産鑑定士の意見書でも添付すれば、可能性はゼロではないかも知れません。何よりも大切なこと、それは当初にどれだけの知恵を絞り、どのような申告書を作成するかに尽きるのです。
※本記事は2017年6月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
税理士。昭和27年生まれ。早稲田大学教育学部卒。税理士法人エーティーオー財産相談室代表社員。国税専門官として税務調査を10年強経験後アーンスト&ヤング会計事務所、タクトコンサルティングを経て独立。経験を生かした資産税のスペシャリストとして活躍中。著書に『相続に強い税理士になるための教科書』『相続財産は法人化で残しなさい』『円満な相続の本』など。
税理士法人ATO財産相談室
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