固定資産税の評価法にも動きはあるが…
そんな問題点はあるにしても、現実的に今すぐ税務署が個別評価をできないとすれば、そもそも論として大もとの固定資産税の評価方法自体を再考することが重要でしょう。確かにその動きもあるのですが、固定資産税もマンションの個別評価はそれほど単純ではありません。現在でも天井の高さや付帯設備等に著しい相違があれば、床面積での単純な按分にはなっていません。ただ、逆に階数という要素だけで割り切って良いのか、という疑問もあるのです。
一般論としては、確かに高層階の人気が高いのは事実でしょう。しかし、マンションによっては中庭に面した低層階の人気がある建物もあるでしょう。高層階は眺望が良いとはいっても、近くに同じ高さの建物があれば、その眺望は遮られてしまいます。さらにはその部屋は陽当たりが良いのか、つまり南向きか北向きか、角部屋か否かによっても市場価値は異なってくるのではないのでしょうか。
ことほど左様に階数だけで単純に評価額を上げ下げできるほど、マンションの評価は簡単で単純なものではないのです。これらを総合的に勘案するとすれば、まずは現在の評価方法のように、建物全体の評価額を面積だけで按分して、各戸の税負担を決めている方法を根本的に変更しなければなりません。
通達どおりの評価を税務署に否認された例
何度も言いますが、相続税において財産の評価は『財産評価基本通達』に基づいておこなうのが原則的な方法です。従って、原則的にはこのルールブックに則って評価すれば、税務署に文句を言われることはありません。しかし、この通達には “総則6項”という伝家の宝刀が用意されていて、脱税や節税への抜け道を防いでいるのです。具体的に言うと、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と謳われているのです。
つまり、通達どおりの評価をおこなっても、課税上の弊害があると認められる場合には、税務署は“国税庁長官の指示”を受けて異なる評価方法で課税します、ということを宣言しているのです。では、どんな場合でしょうか。
少々古い事案ですが、最も有名な判決に平成5年の最高裁判決があります。これは被相続人が亡くなるわずか2か月前にマンションを7億5,850万円で購入した事案です。購入資金として8億円の借入れをおこない、利息の支払いだけで毎月約480万円。こんな利息を支払いながら、一方でこの部屋を購入業者に毎月の家賃166万4,000円で賃貸し、購入から2か月後に相続を迎えました。そして、通達に従って評価をおこなったのです。その額、マンションが1億3,170万円、借入金8億円。そして、相続税の申告を終えた年に7億7,400万円で第三者に売却したというものです。
この事案、マンションを通達どおりに評価しただけです。一見、違法な行為をしたようには見えません。しかし、最高裁の判断は、原則としてその評価は財産評価基本通達によるべきとしながらも、次のように述べています。①購入の翌年に購入価額を上回る金額で売却している。②この売却によって借入金を全額返済し、不動産が一種の商品になっている。③支払利息の半額以下の低額で賃貸する不自然な形態となっている。これらのことから、当初より相続後に売却を予定し、節税することだけが目的と推認できる、としているのです。つまり、原則通りの評価をおこなうと、総則6項に謳う“著しく不適当”になると判断しているのです。
税務署の考え方と、今後の動向
裁判による判決ではありませんが、税務署と戦う場合に裁判の前段階でおこなうべき国税不服審判所での“裁決”と言われる次のような審査事案もあります。平成19年7月に被相続人となる父親が入院し、その翌月8月に父親名義で2億9,300万円のマンションを購入。9月には亡くなったので、相続税の申告を経て翌20年の7月に2億8,500万円で売却した事例です。相続税の評価額はここでも通達どおりで5,802万円。審判所はこれも見え見えの節税策として総則6項で取得価額こそが適正な評価額であると判断しています。
以上のように、従来税務署に否認された事例は、あまりに極端な節税をおこなった場合であることがおわかりいただけると思います。相続が起きるであろうことを予想して、その直前にマンションを購入します。そして、評価額が節税になることを利用し、相続が起こるとその直後に売却。財産評価基本通達を一種“悪用”とは言わないまでも、盲点というか弱点を突いた形の対策です。税務署は今後も行き過ぎたものは従来通りに総則6項で対応していくことでしょう。また、固定資産税を所管する総務省も、マンション評価にあたっては、今後様々な検討を加えていくことでしょう。しかし、問題があることは理解しても、それらの解決策は今まで見てきたように、非常に困難な事柄が山積みしています。現時点で改正の具体的な内容はわかりませんが、改正の困難性に着目すれば、当面は固定資産税も相続税も現行通りということも考えられるかも知れません。
※本記事は2016年6月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
税理士。昭和27年生まれ。早稲田大学教育学部卒。税理士法人エーティーオー財産相談室代表社員。国税専門官として税務調査を10年強経験後アーンスト&ヤング会計事務所、タクトコンサルティングを経て独立。経験を生かした資産税のスペシャリストとして活躍中。著書に『相続に強い税理士になるための教科書』『相続財産は法人化で残しなさい』『円満な相続の本』など。
税理士法人ATO財産相談室
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