断熱性能向上という節税対策の新たな視点
相続税の節税対策のオーソドックスな手法として、ご自宅の庭先や相続税評価の高い駐車場、遊休地等に賃貸アパートやマンションを建築することが挙げられます。ただし、こうした相続対策も郊外地や駅からのアクセスが悪い場所など、賃貸需要が乏しい立地で実施してしまうと、相続対策上は節税効果が見込めても、長期的な事業という観点で見れば不動産の有効な活用・対策にはなりません。また、当然のことながら収益用不動産を建築すれば、自宅の庭先や遊休地と異なり収益を生み出すことになります。そのため、長生きをすればするほど、新たに資産額が増加していくことになり、ある程度の年月が経過した後には、積み上がった収益への対策が改めて必要になってくる場合もあります。
こうした中で、現金の増加を抑えるとともに、健康や長生きにつながるという、 貸家建設以外の『ある対策』が、いま注目を集めつつあります。
それは、『自宅の断熱改修』です。いま、国の省エネ基準を満たす既存住宅の比率はわずか5%であり、しかも、その省エネ基準自体が先進国の中では最低レベルです。その結果、わが国では室内で冬の寒さを原因として死亡される方や介護状態になる方が多数発生しているのです。
詳しくは、今月号のスペシャリストビューに掲載されている慶應大学の伊香賀先生のお話をご覧いただきたいのですが、住宅の断熱改修をおこなって断熱性能を向上させることは、浴室内での事故や心筋梗塞、脳卒中などによる死亡リスクを減らして住む方の寿命を延ばすだけでなく、介護リスクも減らして、健康寿命を延ばす効果も期待できるのです。
節税対策つながる断熱改修のメリット
断熱改修を経済的な観点で考えると、暖房や冷房のコスト(これを、住宅の燃費といいます)が下がる効果がよく言われるのですが、それだけでは断熱改修にかかる初期費用を回収するのに、かなり長期間かかります。しかし、経済的なメリットだけでなく健康で元気に長生きできることを考えれば、断熱改修のメリットはずっと大きいはずです。特に、脳卒中などで寝たきりになったり、介護状態になったりする場合の医療費や介護費用を考えれば、冬場も快適に安心して過ごせる断熱改修のメリットはきわめて大きいのではないでしょうか。
さて、断熱改修によるメリットはこれだけではありません。それは、断熱改修など、ご自宅のリフォームにお金をかけることは、実は相続税の節税対策になるからです。
一般に、建物を新築した場合には、(新築費用―新築建物の評価額)の金額だけ課税遺産総額が減ります。たとえば、5千万円かけて自宅を新築した場合、その自宅の相続税評価額が3千万円だと、課税遺産総額は、5千万円―3千万円=2千万円の減少となるのです。ところが、増築を伴わないリフォームの場合には、建物の相続税評価額は通常は増加しないことが多いのです。たとえば、断熱改修などで2千万円の自宅リフォームをおこなった場合でも、建物の相続税評価額は変わらないので、自宅リフォームにかけたリフォーム工事費2千万円がそのまま課税遺産総額の減少になります。つまり2千万円の自宅リフォームは、5千万円の自宅新築と同程度の節税効果があるのです。
アパートなどの貸家を新築した場合には、建物は貸家評価となり、土地についても貸家建付地として評価されるので、節税効果だけ見れば、確かに貸家の新築の方が一見有利になります。しかし、貸家事業には賃料の下落リスク、空室リスクなど様々なリスクがありますが、自宅のリフォームにはそうした事業リスクは一切ありません。
なお、この場合リフォーム工事の節税効果は断熱改修に限らず、耐震改修でもバリアフリー改修でも、キッチンやお風呂などの水廻りの改修でも同じ効果が期待できます。また、リフォームの工事費用を借入金で賄っても、自己資金で支払いをしても、節税効果には変わりはありません。
ひとつの選択肢として貸家などを建てて、子供たちの税負担を減らすのもいいですが、ご自宅をリフォームして、快適な暮らしを手に入れ、元気に長生きして、かつ相続税の節税にもなる、断熱改修など自宅リフォームによる節税対策を実行するのも一案だと思います。
さて、この断熱リフォームですが、具体的には、外壁や屋根もしくは屋根裏、床下に断熱性の高い断熱材を入れ、窓などの開口部を断熱サッシに取り換えたり内窓を付けたりして、家全体を断熱材料でくるみ、高気密化を図ります。同時に24時間換気のシステムなどで、高気密化でも十分な換気量を確保します。
断熱改修などのご自宅のリフォームで快適で安心な生活を手に入れ、健康寿命を延ばし、同時に相続税も節税してみてはいかがでしょうか。
※本記事は2018年1月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
博士(工学)、一級建築士、不動産鑑定士、明治大学理工学部特任教授。東京都生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、三井建設、シグマ開発研究所を経て、1997年に株式会社アークブレインを設立、現在に至る。共同ビル、マンション建替え、土地有効活用等のコンサルティングを専門とする。著書に、『建築企画のフロンティア』、『建築再生の進め方』(共著)、『世界で一番やさしい住宅[企画・マネー・法規]』(共著)など多数。
株式会社アークブレイン
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