建築を社会に拓き、使いながら保存する
かつて住む人が途絶え、少しの間、周囲から閉ざされていた聴竹居は、風通しが悪くなって、屋内がかび臭くなったことがありましたが、一般公開を始めると、どんどん風が流れて臭いもすっと消え、建物はいきいきとよみがえっていきました。この経験から改めて痛感したのは、建物をきちんと残していくために、使いながら維持管理していく「動態保存」の重要性です。
例えば、蒸気機関車なら、施設や公園に展示しておくだけの静態保存に対して、実際に走らせる動態保存には運転士も修理も必要になる。人や技術や材料が途絶えてしまうと、その本来の存在意義や機能は次第に損なわれてしまうからです。建築もまた「使い続けながら傷んだら直す」を繰り返していくしか本来のあり方で残せないからこそ、研究対象としてではなく一般の方々など広く社会に拓き、使いながら保存していくことが大切だと私は考えます。
ここには来訪者が感想などを残すノートを置いていて、「今の時代でも良い家だ」とか、「自分でも住みたい」、「自宅を建てる前に見ることができて良かった」といったコメントが少なくないんですよ。私自身、日本の住宅のひとつの最適解としてこういうデザインがあり得たのだと思えたし、事実、この聴竹居には現代の私たちの暮らしにもつながる様々な気づきやヒントがちりばめられているんですね。具体化はまだこれからですが、実は今、全国各地の古いけれど優れた住宅建築をネットワークする「JAPAN HOUSE MUSEUM」という企画を仲間たちと共に検討していて、建築史の史料になるような歴史的住居というのではなく、聴竹居のようにその延長線上に現代の生活とつながり、今を生きる私たちにも多くの示唆を与えてくれるような住まいのあり方を提示できればと考えています。そこで「住人が実際にどう暮らしたのか」まで見せて伝えられる、文字どおり「住まいの博物館」を実現したいのです。
想いや愛着を受け継いで末長く残っていく建築を
この聴竹居はすでに築90年を経過しましたが、さらに100年、200年と後世へ残していけるように私たちは日々の保存活動に取り組んでいます。そもそも私は建築設計を生業としてきた人間ですが、自分たちの手がけた建物は100年後には残っていないかもしれない。時代背景が違うにせよ、それはとても残念なことです。
では、後世に残っていく建築をつくるためには何が必要なのか? ひとつには建築家が奇を衒うことなく、長持ちするデザインと機能性、メンテナンス性を備えた最適な建物を設計することです。そして建物というのは、できあがってからが本番ですから、住んだり使ったりする人が愛着を持ち続けられる建物にすることが何よりも大切でしょう。建築した時の考え方を所有者や使用者が共有し、世代を越えて引き継ぎながら愛着を持ち続けてもらえるような建築に仕立てるのも、あるいは建築家の重要な仕事なのかもしれません。
もちろん建物のオーナーは代替わりしていきますが、それを建てた施主の「想い」をしっかりと承継できれば、日々の掃除ひとつ、建具の修繕ひとつ、丹念に手入れすることを通して自然と愛着も育まれるものです。建物も生きものですから、人間関係と同じできちんと手をかければ末永く続いていくものではないでしょうか。
※本記事は2019年10月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
※写真提供/株式会社 竹中工務店、撮影/古川泰造
一般社団法人 聴竹居倶楽部 代表理事 松隈 章
一般社団法人聴竹居倶楽部代表理事。株式会社竹中工務店 設計本部設計企画部部長付企画担当。1957年兵庫県生まれ。北海道大学工学部建築工学科卒業。著書に『聴竹居:藤井厚二の木造モダニズム建築』(平凡社コロナ・ブックス)、『木造モダニズム建築の傑作 聴竹居発見と再生の22年』(ぴあ)など。聴竹居の保存・研究活動などにより「日本イコモス賞2018」、「2018年日本建築学会賞 業績賞」を受賞。
一般社団法人 聴竹居倶楽部 代表理事
松隈 章
重要文化財「聴竹居」
■所在地/京都府乙訓郡大山崎町大山崎谷田31
■最寄駅/JR京都線「山崎」駅、阪急京都線「大山崎」駅
※見学は予約制(水・金・日曜日9時〜16時、お盆・年末年始休)。
詳細は聴竹居HPをご覧ください。