スペシャリスト ビュー

国立大学法人 東京大学 副学長/大学院情報学環・学際情報学府 教授 吉見 俊哉 氏

地域に潜在する価値を可視化して
「つながり」を生み出す

では、本構想の具体的な取り組みについて、代表的なプログラムをいくつかご紹介しましょう。

まず、ぜひ実現したいと考えているのが、旧岩崎邸と上野駅周辺の一体開発です。旧岩崎邸は庭園の中を文京区と台東区の区境が通っていることもあり、改修や再活用計画が思うように運びませんでした。この問題を行政の連携で解消したうえで、成田空港からの東京の表玄関としてはいささか雑然とした感の否めない上野駅周辺や、かつては東京最大のイベント空間だった不忍池も取り込みながら、一体的に再生する計画を提案していきたいと考えています。

また、神田エリアでは、地域に多数ある老朽化した中小ビルのリノベーションコンペも計画しています。スクラップ&ビルドではなく、アーティストやクリエイター、建築家たちが知恵を出し合いながら、リノベーションで既存の建物に新たな使い方や機能を付与して、そこに集い、暮らす人々が地域の文化的な価値を高めていけるようにするプログラムです。

ほかにも、まちづくり人材を育てるプロジェクトスクールの実施、アートと産業とコミュニティをつなぐアーバンラボの企画運営、儒教文化の聖地である湯島聖堂の復興、アジアでは前例のなかった文学をテーマとした千代田区・文京区・台東区の創造都市認定登録へ向けた取り組みなど、多岐にわたるプログラムがすでに動き出しています。

一方で、文化資源区内の各地域が一体性を取り戻すための事業も計画しています。それが、各地域を線でつなぐ路面電車の復活です。地域間のつながりを視覚的に再確認できる路面電車は、愉しさや快適性、バリアフリー性や環境負荷といった多くの点で、はるかに21世紀的な移動手段だと思います。余談ですが、行きつけの理髪店の店主に、私が本構想のことを話した時、ほかのどんな話題より彼の関心を引いたのはこの路面電車復活の話でした。それまであまり関心が無さそうだった店主が、「それはいい」「ぜひ私も乗りたい」と身を乗り出してきた。東京の街に再び路面電車が走る光景は、それだけ人々の感性に直接的に訴える魅力があるんですね。

そして、こうした諸施策の集大成となるのが、オリンピックイヤーとなる2020年に第1回開催を予定する「東京ビエンナーレ」です。およそ1万ものプロジェクトを実施する本イベントでは、より多角的なアプローチで都市が抱える様々な社会的課題を解決へ導きたいと考えています。

多様な個性と価値が手を携える
現代のまちづくり

東京という都市を対象にした東京文化資源区構想は、その一方で、東京から全国へ、そして海外の都市へ、その意義が波及しうる世界的な都市政策モデルでもあります。例えば、より身近な地域の再生・再興を考える時、本構想の根幹にある“つながり”という観点は、極めて重要なテーマになるのではないでしょうか。

今の時代、地域が発展を目指すうえで最も重要なのは、横のつながりをきちんと作っていくことだと思います。自分たちだけが発展しようとするのではなく、よい仲間となりうるほかの地域と手を携えながら、横に広がりを持って一緒に活性化させていくことが大切です。ネットワーキングの時代ともいえる現在、様々な人、モノ、情報などが線でつながり合い、その間を移動することで、全体の物語が形づくられ、新しい価値が生み出されていきます。いわば、点でも面でもなく、線で連携するフレームをいかに地域活性化に活かすか。そんなところに、新時代のまちづくりのヒントがあるはずです。

東京オリンピックが開催される2020年の日本社会には、1964年の価値観とは全く違う、新しい地平が必要なのです。そういう意味で、現在は社会の構造改革に取り組むべき時期に差しかかっており、2020年代にそれを上手にやり遂げることは今後の日本にとって極めて重要な課題となるでしょう。

量から質へ、そして、成長から成熟への転換をいかにして達成していくか――。2020年代から2040年代は、日本社会がよりよい変化を遂げるための分岐点です。蓄積してきた多様な文化的価値を再活用することで、高齢化やグローバル化を乗り越えることができれば、日本から全世界に向けて、新しい時代にふさわしい社会や都市のモデルを発信できるのではないでしょうか。

※本記事は2016年10月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

副学長/大学院情報学環・学際情報学府 教授
1957年東京生まれ。東京大学大学院情報学環教授。東京大学副学長。同教養学部教養学科卒業。同大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。社会学・文化研究・メディア研究専攻。東大新聞研究所助教授、同社会情報研究所助教授、教授を経て現職。集まりの場でのドラマ形成を考えるところから近現代日本の大衆文化と日常生活、文化政治を研究。主な著書に『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社新書)、『視覚都市の地政学』(岩波書店)等、多数。

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吉見 俊哉 氏

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