資産承継

親族に後継者がいない場合の、第三者への事業承継

ここまでは親族に事業を承継させる前提で、様々な手法を検討してきました。親族に承継させるという性質上、自ずとその方法は相続を機軸に、会社法の諸制度等を横軸に展開することになります。ところで、親族に適当な承継者がいない場合はどうすれば良いでしょう? 今回は、親族以外の第三者を想定した事業承継について見ていきましょう。

1.オーナーの事業を構成する要素

オーナーが手塩にかけた事業とは、どのような要素から構成されているでしょう。昔から「人・もの・金」といわれますが、もう少し詳しく分析してみましょう。

(1)事業の商品とサービスを生み出す物的資源と人的資源のうち自社内に存するもの

一言でいうと、企業内の機械装置とか不動産や技術的資源と従業員です。

(2)企業の商品とサービスを生み出す物的資源と人的資源で自社外に存するもの

原材料の供給会社や下請企業等会社等がこれにあたります。

(3)金融機関等のファイナンス機能

本質的には、(2)と同様の機能とも言えますが、ちょっと財務上の性格も異なるので別扱いしました。

(4)(1)から(3)によって形成された事業から生み出される商品とサービスの購入者

一言でいえば「当社のお客様」です。この購入者の中にも大手顧客と少額顧客がいるでしょう。

(5)政府、地方自治体や広く市場を支える社会全体

政府等は税金を払うという、または事業に対する許認可を与えるという意味で企業の重要なパートナーであり、社会が要請する企業に対するコンプライアンス体制を考えると広く社会全体がオーナーの事業に対する構成要素と考えるべきです。これらの事業を構成する多くの要素がそれぞれ、全て法律や契約を通じて有機的に結びついているのが企業の姿です。

(6)最後にオーナーが育てた事業に対する「思い」、「価値観」、「哲学」、「企業理念」という無形の財産

特に中小企業は、オーナーの思いや価値観や姿勢といったものが、従業員や取引先、顧客との関係を強固にしているという面を無視することはできません。

2.承継者の選択

オーナーは何のために事業を承継するのか、承継する事業と自分との立ち位置をどうするのか等は最終的にはオーナー自身の価値判断であり、事業承継者や事業承継の手法の選択もそのようなオーナーの価値判断次第でもあります。

したがって、オーナーが、事業承継によって最大限の対価を得たいという経済的目的を前提としつつ、自分の事業が上記の多くの要素から成り立っていることを十分自覚し、より深く事業承継について考える必要があると思います。

このような点から、承継者選択の指針として以下のような点が上げられると思います。

○オーナーの事業に対する理解と熱意
○人事的掌握力等のマネジメント能力
○対外的な交渉力
○リスクを正確に評価できる総合的な判断力

3.第三者に対する事業承継

(1)第三者に対する事業承継の意義

親族内の事業承継は、相続による財産承継と承継者の範囲が同一であり、他の利害関係者の一応の理解も得られやすいと思われます。

しかし、上記のような事業の要素や承継の要件を考えると、そもそも子供やその他の親族の姉弟が、オーナーの事業と全く関係のない分野を選択しオーナーの事業に関心を持てない場合や、能力的にもマネジメントを委ねるのが難しいようなケースも少なくないと思います。

そのような場合にオーナーとして事業の承継に無関心でいると、いずれは企業全体の活力も下がり、一社、二社と顧客が離反していくことも希ではありません。オーナーにとってもこのような事態は決して得策ではありません。

親族内に承継者が見つからない場合であってもオーナーは、第三者への事業の承継を真剣に検討すべきでしょう。

(2)役員、従業員による承継

承継者としてまず考えられるのは、役員や番頭格の主要な従業員による事業承継です。オーナーの仕事ぶりに毎日接しており、オーナーの理念を最も良く理解し、企業の実務にも精通しているからです。また、他の従業員の理解も得やすいでしょう。

他方、番頭格の従業員の中には、あくまでオーナーについて行くから自分を発揮できるようなタイプや仕事のことは要領良くできても、対外的な交渉力や総合的なリスク判断に不向きな場合も少なくないと思います。また、承継資金の確保の点からオーナーとの協議が必要となる場合が少なくないでしょう。

場合によっては、一人の承継者を選任するのではなく、それぞれ個性の異なる複数の役員や従業員を少数の承継者チームとして選択することも考えられます。

皆様の中にはMBOという言葉を聞かれたことがある方も少なくないでしょう。

これは「経営陣による承継(Management Buyout)」と呼ばれるもので、通常は、上場企業の経営陣が専門のファンドの与信を受けて存続する会社を担保として資金を調達し会社の株式を取得する一連の手続を示す用語ですが、中小企業の事業承継においても使われることがあります。

(3)役員、従業員以外の者による承継

典型的な例は同業他社でしょう。貴社の事業部門に魅力を感じる大手、中堅の他事業者も想定されます。

このような承継者は、上記の役員、従業員が取得する場合に比べ、専ら貴社を取得する経済的メリットを追求することに主眼を置いています。したがって、従業員の雇用関係の継続について厳しい対応を求めて来る場合や、オーナーと会社間の債権・債務関係の清算等客観的な企業価値の把握を前提として、オーナーに対し、企業経営者としての合法的かつ合理的な対応を強く要請する場合が多いことを銘記する必要があります。

したがって、このような場合には、企業環境の法的・会計的整備を含め専門家の助言を求めることが、不測の個人的負担を回避するためにも不可欠であると考えます。

しかし、本来売買市場のない非上場企業の株式を譲渡し現金化できることはオーナーにとっては、大変素晴らしいことであり、また、企業において従業員の雇用が確保される可能性もあります。

このような会社の取得を目的とする手続をM&Aと呼んでいますが、事業承継を考えるオーナーの皆様は、このようなM&Aと呼ばれる手続の内容についても理解する必要があります。

4.第三者に事業承継する場合の法的スキームの選択

このような会社分割制度を利用して事業の承継を図る方法として以下の場合が考えられます。

(1)第三者が事業承継するためのオーナーの判断のポイント

第三者が事業承継するためのオーナーの判断のポイントとして以下の点が上げられます。

○企業価値の客観的な把握
○事業承継に関する法的スキームの選択
○事業承継の時期の選択
○税務上の問題点の把握と解決
(2)事業承継に関する法的なスキームの選択

この中で事業承継に関する法的なスキームとしては以下の場合が考えられます。

○株式譲渡
○事業譲渡
○会社分割・合併等の会社再編手続の利用
実務上、一般的に最も多く行われているのは株式譲渡による事業承継です。オーナーとしては、株式譲渡の手続について是非十分な理解を得て頂くとともに、他のスキームとの異同について理解して頂きたいと思います。

※本記事は2012年3月に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

弁護士。昭和31年生まれ。早稲田大学法学部卒。昭和55年司法試験合格後、司法研修所、海谷・江口・池田法律事務所を経て、平成元年に木島法律事務所を設立。組織変更を経て、平成22年12月より木島綜合法律事務所。一般民事事件とともに、都市再開発法・借地借家法・不動産売買等の不動産関係法務や会社法・労働法等の企業法務等を多く扱っている。

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