境界紛争を未然に防ぐには?(4)
今回は境界標についてお話します。
皆さんが今お住まいの土地には、お隣との境界に境界標があるでしょうか? もし、境界標が無いとしたら、将来お隣と境界で揉める可能性があります。裏を返せば、境界標さえあれば、お隣と境界で揉めないということができます。
実際に境界確定の現場で仕事をやっていても、境界標が入っている土地は境界で揉めるということがあまりありません。稀に『あの境界標はお隣が勝手に入れた物だから認めない』と言う人がいますが、大抵の場合、境界標があれば皆さん、それで納得されます。測量士や土地家屋調査士が境界についていろいろと説明するより、現地にある境界標を見て頂いた方が、早く境界が決まります。境界標とは、それだけ信用力がある物なのです。
境界標を設置する意義
それでは、境界標を設置することの意義について見ていきましょう。
境界標とは、「境界点」を示すために人為的に設置された目印のことです。境界標は、石杭、コンクリート杭、金属標、鉄鋲、プラスチック杭、刻印等があります。
注意しなければならない大切なことは、あくまでも目印であるということです。現地に境界標があるから、境界標=境界点であるとは限らないということです。境界標は境界点に設置する訳ですから、境界標=境界点である筈ですが、境界付近で工事が行われたり、天災(地震)等により本来の位置から移動していることがあります。
これは、境界標を境界点に設置した時に、復元可能な測量図を作成しておけば、移動したかどうかが分ります。中には境界点を復元できない測量図もありますので、作成に当たっては、公共基準点を使用した復元可能な測量図の作成をお勧めします。
現地に境界標があると、直ぐにそこが境界だと主張する方がいますが、それは早計です。ただ、現地に設置してある境界標は、境界を確定させるために最も重要な資料の一つであることは間違いありません。境界標が設置されている土地と、設置されていない土地とでは、境界確定の実務上、天と地ほどの差があります。
境界標と境界標識の違い
境界標と似た言葉で境界標識がありますが、これは「境界」を示すための目印となるものです。ブロック塀、柵、側溝、排水溝、生垣、石積擁壁、水路、道路等の人工の標識と、奇岩、樹木、尾根、沢、(自然の)道等の天然自然の標識があります。
不動産登記法における「境界標」
不動産登記規則第77条1項8号には、『(地積の変更や分筆等の登記をする場合には)土地の筆界に境界標があるときには、これを地積測量図に記載しなければならない。』と規定されています。ただし、ここで言っている境界標とは、『永続性のある石杭または金属標その他これに類する標識であり、材質は石、コンクリート、合成樹脂または不銹鋼等耐久性を有し、かつ容易に移動しないように埋設されていると認められるものをいう』となっています。つまり、木杭、アスファルトに打ち込んだ鉄鋲、中空のプラスチック杭、単に接着剤で貼り付けた金属標は、永続性のある境界標とは言えないということです。
次に境界標の設置条件や境界標設置のメリットについてまとめてみました。
境界標の設置条件
(1)正確性
境界標は正しい位置に正確に設置しなければなりません。ただ人間が行う作業ですから、1ミリの狂いも無く設置すると言うことは神業です。せめて2ミリ以内の正確さで設置すべきだと思います。せっかく境界の合意をしても、境界標を設置する位置がずれていては、将来の境界紛争を測量会社が作ってしまうことになります。
(2)不動性
境界標が簡単に移動しては何の意味もありません。境界標は、コンクリートで根巻きするなどして、容易に移動しないように設置しなければなりません。また、コンクリート杭は垂直に設置しなければなりません。コンクリート杭を斜めに設置すると、最初から斜めに設置されていたのか、何かの事情で移動したのかが分りません。
(3)永続性
長期間(100年位)の風雨に耐えられる、耐久性のある堅固な材質のものを設置しなければなりません。木杭や中空のプラスチック杭は、数年で腐食したり破損したりしてしまいます。ペンキで印をしたものは、数ヶ月で消えてしまうこともあります。できるだけ、コンクリート杭か金属標の設置をお勧めします。
(4)視認性
境界標にペンキを塗るなどして、誰が見ても分るように明瞭にしなければなりません。目立たせることによって、工事等での亡失や移動を防ぐことにもなります。
(5)特定性
境界標の位置を特定できるようにすることが大切です。近くのブロック塀や堅固な門柱など恒久的地物からの距離を記録しておくことも有効な手段です。
(6)証拠性
境界標を設置した際には将来の証拠として、日付入りの写真を撮っておくことが大切です。もちろん隣接地の所有者さんと境界確認書を取交しておくことも証拠性を高めることになります。
(7)管理性
「土地の管理は、境界標の管理」とも言われます。境界標の管理は所有者さん自らが行わなければなりません。そのため、境界標の設置が終わったら、自分の目で境界標を確認しておくことが大切です。また、境界標設置後に現地を正確に測量した測量図を作成し、保管しておくことも大切です。
境界標設置のメリット
(1)境界紛争の予防
境界標が設置されていて境界が明確であれば、まず境界問題(紛争)は起こりません。
(2)越境の防止
越境は境界が不明なために起こることがほとんどです。境界標が設置されることによって、越境を未然に防ぐことができます。
(3)売買が迅速に行える
大阪高裁昭和61年11月18日『不動産仲介業者は、土地の範囲がはっきりしないような場合には境界を明示する義務がある』との判決があるように、不動産を売買する場合には、境界の明示が不動産業者の義務となっています。境界標が設置されているということは、すなわち境界の明示となり、売買が迅速に行うことができます。
(4)図面と現地の照合が容易
図面はあるものの境界が分らないという土地がたくさんあります。特に古い図面では現地に境界標が無いと、境界点を復元することが大変難しく、隣接地所有者さんの合意を得るまでには、多くの労力と経済的な負担が掛かります。図面があるから安心なのではなく、現地に正しく境界標が入っていることが大切なのです。
(5)安心・安全な土地
「現地(境界標)」と「測量図」と「登記簿」が一致していることが「安心・安全な土地」と言えます。測量図と登記簿は一致しているものの、現地に境界標が無いために、境界で揉めることが多々あります。境界標は安心・安全のしるしなのです。
境界標の基礎知識
境界標の見方についてご説明します。
境界標の重要性が分っていただけたでしょうか?
境界紛争を未然に防ぐには、境界標が現地に正しく設置されていることが重要なのです。測量士の目からはあくまでも境界点の目印である境界標ですが、一般の方にとっては境界点そのものなのです。測量会社として、隣接地の所有者さんと合意された境界点に、正しく正確に境界標を設置することはもちろんですが、地主さんが自分の大切な財産を管理していくためには、境界標を維持管理していくことが最も大切なことなのです。
境界をよく知っている人が亡くなり、土地の境界が分らなくなってしまうことがあります。残された家族のために境界標を残すことも、親の愛情ではないでしょうか。
「杭を残して悔いを残さず」です。
最後に境界標に関する法律の条文を載せておきますので、参考にして下さい。
[民法]
(境界標の設置)
第223条 土地の所有者は、隣地の所有者と共同の費用で、境界標を設けることができる。
(境界標の設置及び保存の費用)
第224条 境界標の設置及び保存の費用は、相隣者が等しい割合で負担する。ただし、測量の費用は、その土地の広狭に応じて分担する。
(境界標等の共有の推定)
第229条 境界線上に設けた境界標、囲障、障壁、溝及び塀は、相隣者の共有に属するものと推定する。
[刑法]
(境界損壊)
第262条の2 境界標を損壊し、移動し、若しくは除去し、又はその他の方法により、土地の境界を認識することができないようにした者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
昭和38年生まれ。平成7年土地家屋調査士登録。測量を通してお客様に「安心」を提供することを目的に平成9年株式会社測量舎を設立。誠実・確実・迅速を合言葉に年間100現場以上の境界確定測量。平成18年土地家屋調査士法人測量舎を設立。ADR認定土地家屋調査士、測量士。
高橋一雄土地家屋調査士事務所
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