ご自分が育て上げた事業や資産をさらに有効に育ててもらえる人に引き継がせたい、という気持ちはオーナーであれば必ず考えられることでしょう。また、特色のある中小企業が世代を超えて存続してゆくことは、社会自体の大切な資源と言えます。
事業の承継が問題になるのは、わが国の中小企業の大部分が、経営と所有が一体となっていることによります。すなわち、企業の基盤を構成している資産が相続によって承継される時に、その資産の所有権が分散することによって事業自体が継続できないこととなるからです。したがって、オーナーが想定する個人またはグループに事業承継を考える場合、分散している資産は集中させ、集中した権利は分散させないという発想が必要です。
そこで、数回にわたって事業承継の問題について皆様と考えて行きたいと思います。今回は、平成18年に施行された会社法の視点から、オーナーの事業承継を進める前提として、どのような手段が可能なのかを考えてみましょう。
1.先ずは株主名簿を整備する
数年前、都内で建設会社を経営している私の友人から、本社所在地を含む複数の土地の名義が会社の経営に関与していない親族の個人名義になっていたため、その親族から高齢化を理由に土地の買取りを求められ、また、法人税申告書の記載を理由に株式の買取りを請求されているとの相談がありました。
このように実質株主でない他人名義の株式を名義株と呼んでいますが、判例は、実質上の引受人である名義借用者を株主であると解しています。
先の会社では、会社法上本来作成される必要がある株主名簿も作成されていなかったもので、実際、このような会社は少なくないと思います。
しかし、事業承継を円滑に進めるためには、まず、その環境整備として法定要件を備えた株主名簿を整備し、また、株主名簿上の名義株主を実質株主であるオーナー等に修正する作業を行う必要があります。判例は、実質株主であるか否かについて、実際の出資者が誰か、株式配当を得ていたかどうか、会社の経営に実際に関与していたかどうかを詳細に認定した上で判断します。このような点から単なる名義株主にすぎない第三者に対しては、早期に話し合いに着手し、真正な株主を確定して、まず、事業承継が可能となる環境の整備を進めることが必要です。
2.承継者以外の株主から株式譲渡を受ける
次に、オーナーが事業承継を検討し、その承継者を確定させた後に経営を集約しておきたい株主である第三者がいる場合、まずは、任意で株式の譲渡を受けることを検討することが通常でしょう。そもそも後継者の選任のために会社内で争いが生ずることは会社経営上マイナスであり、後述する会社法上の手法は、オーナーが3分の2以上の議決権を有しない場合は不可能だからです。
その際、自社の株式が客観的にどのくらいの価格になるのか、専門家を交えて相談する必要があります。株価対策に弄するあまり、本業の収益力を減殺させることは本末転倒ですが、事前に不動産のオフバランスを図るなど、適正価格のストライクゾーンを設定した上で、可能な限り有利な価格でまとめるよう交渉の方針を予め立て、話し合いに臨むことも必要でしょう。
また、会社が自己株式として、当該第三者から株式の譲渡を受けることも検討に値します。ただし、その場合、普通決議をもって株式の譲渡を受けるためには、分配可能額の範囲で、取得する株式の種類、数、対価の内容、1年を超えない取得可能期間を定めて株主全員から譲渡の勧誘をする必要があるといった会社法上の財源規制等があることを確認する必要があります。
なお、株主総会の特別決議を経ることによって、特定の株主から株式の譲渡を受けることも可能です。
3.事業承継の視点から定款を見直してみよう
会社法は、株式会社の自治を重視し、定款で以下の事項に関する内容の異なる種類の株式を発行できる旨を規定しています(種類株式の発行、会社法108条)。
(1)剰余金の分配
(2)残余財産の分配
(3)株主総会において議決権を行使することができる事項
(4)譲渡による株式の取得について会社の承認を要すること(譲渡制限付株式)
(5)株主が会社に対しその株式の取得を請求できること(取得請求権付株式)
(6)会社が株主に対し一定の事由が生じたことを条件としてその株式を取得できること(取得条項付株式)
(7)会社が株主総会の決議によってその株式全部を取得できること(全部取得条項付種類株式)
(8)株主総会等の決議事項につき当該決議のほか当該種類株主総会の決議を有するもの(拒否権付株式(黄金株))
(9)取締役または監査役の選任について当該種類株主において選任することを要するもの(役員選任権付種類株式)
これらの制度を利用して、平成13年改正商法以前の優先株式のように後継者以外の者に配当面で優遇する代わりに議決権を制限したり(上記(1)または(2)と(3))、後継者たる株主の相続を事由として後継者以外の株式を取得できる旨の取得条項付株式を発行したり(上記(6))、全部条項取得株式を用いて株式全部を取得すると同時に後継者以外の株主に株式を割り当てる募集株式発行の決議を行うことによって承継者に株式を集中させるといった手法を検討することが可能です(また、上記(7)、(8)、(9)はその株式の内容どおり、承継者の経営支配を強化することが可能です)。
しかし、これらはいずれも定款の変更を要するため、議決権の3分の2以上による特別決議が必要です。さらに、公開会社でない場合に、総株主の半数以上で総株主の議決権の4分の3以上の決議が可能な場合には、剰余金の配当、残余財産の分配、株主総会における議決権行使について定款で株主ごとに異なる取り扱いを定めることも可能です。
このように会社法は定款による柔軟な規定が可能となりましたので、特別決議が可能となる支配株式を有するオーナーは、事業譲渡の計画策定の視点から、自社株式の承継を含め状況に即した制度設計を是非一度弁護士等の専門家に相談されることをお勧めします。
4.株式の制度設計と相続対応
以上のような株式の制度設計と次回以降でお話しさせて頂く相続法上の手法を組み合わせて自社に最も相応しい事業承継対策を確立して頂くことが肝要です。次回、引き続き会社法との関係で事業承継に役立つ手法をご紹介させて頂き、ご相続対策との関連についてお話をさせて頂きます。
※本記事は2010年9月に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
弁護士。昭和31年生まれ。早稲田大学法学部卒。昭和55年司法試験合格後、司法研修所、海谷・江口・池田法律事務所を経て、平成元年に木島法律事務所を設立。組織変更を経て、平成22年12月より木島綜合法律事務所。一般民事事件とともに、都市再開発法・借地借家法・不動産売買等の不動産関係法務や会社法・労働法等の企業法務等を多く扱っている。
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