資産承継

筆界と所有権界が一致していない土地に潜む、災いの火種とは?

元々は一致していたはずの公法上の境界「筆界」と私法上の境界「所有権界」が、その後の売買や時効取得などにより変更されているにも拘わらず、分筆や合筆登記がされなかったために、両者に食い違いの出ている土地があります。このような土地は、境界紛争の可能性を秘めた土地であり、各所有者の関係性次第では、非常に難しい事態を招きます。事例を基に具体的に見ていきましょう。

境界は一つではない

不動産会社さんから甲さんを紹介して頂きました。土地を売却したいので、土地の境界を確定してほしいというご依頼でした。

現地を調査すると、甲さんの土地は、ABCFAをそれぞれ線で結んだ土地で、ABにはコンクリートの境界標があり、CFには御影石の境界標が入っていました。また、回りは万年塀で囲まれ、お隣の乙さんとの境界はCFを結んだ線で明確でした(図1)。

ところが、法務局にある公図(マイラー公図)と登記簿を調べると、甲さんの使用している土地の中に2-2という地番の丙さんの土地があります。また、乙さんの使用している土地の中には甲さん所有の1番の土地が食い込んでいます(図2)。

旧公図(紙公図)を調査しても、公図と同じ形です。登記簿を旧土地台帳まで遡って調べてみると、2-1と2-2の土地はもともと丙さんの土地で、2-1の土地は戦前に乙さんのお祖父さんが、丙さんから売買で取得していることが分かりました。1番の土地は、分筆や合筆をした記録はありません。

このことを、甲さんに報告すると、『亡くなった父から「お祖父さんが戦前に丙さんと土地を交換した」という話を聞いたことがある』と話してくれました。乙さんにもこのことを話すと、『お祖父さんは、戦前、丙さんから土地を借りてこの場所に住んでいたので、古い図面があったはずだ』と言って探してくれました。

古い図面は戦前に作成されたもので、1番の土地と、2-1、2-2に分筆をする前の2番の土地との境がGHの線で引かれてありました。その図面には寸法が間数で載っていましたので、GHの箇所を現地で掘削してみると、御影石の境界標が出てきました。GHとCFの交点Iからも、万年塀の下から御影石の境界標が出てきました。CGIで囲まれた土地と、FHIで囲まれた土地を測量したところ、どちらも2坪でした。

甲さんのお祖父さんと丙さんとの間で、戦前に土地の交換をしたのだとは推測出来るのですが、契約書の類は何もありません。交換はしたものの、登記に反映させないで今まできてしまったものと思います。

公図に載っているGHの線は不動産登記法上の境界、「筆界(ひっかい)」です。甲さんと乙さんの現実の境CFは民法上の境界、「所有権の境」です。この公図の線「筆界」と、現実の境「所有権の境」を一致させなければ土地を売却することができません。

一致させるためには、2-2の土地を、時効取得を原因として丙さんから甲さんへ所有権の移転登記を行い、1番の土地から分筆したFHIで囲まれた土地を、同じく時効取得を原因として、甲さんから乙さんへ所有権の移転登記をすれば、現実の境と公図の線が一致します(図4)。

ところが、2-2の土地の所有権登記名義人である丙さんは、既に死亡していました。現場の近くに丙さんのお孫さんの丁さんが住んでいたのでお話しを伺うと、『そんなところに土地があるなんて今まで知らなかった』とのことでした。丁さんの承諾を頂き、弁護士にお願いをして、丙さんの相続人を調べて頂きました。すると丁さん以外に43人もいることが分かりました。しかも住所は全国に散らばっていて、43人の中には丁さんも知らない人が半数近くいました。43人の方全員から丁さん宛の委任状を頂こうと思ったのですが、丁さんから、お祖父さんの遺産分割で揉めているので相続人代表にはなりたくないとの申し出がありました。

そこで、甲さんと、丁さん、それに弁護士と相談をして、丁さんを含めて44人全員を相手に、2-2の土地について時効取得の裁判を行うことになりました。丁さんと43人の方には、弁護士から事前に説明を行ってもらい、裁判は全員欠席をして頂きました。お陰様で提訴から半年で判決が出ました。

判決により2-2の土地は時効取得を原因として、甲さんの名義に移転登記しました。その後で1-1と2-2の合筆登記を行い、1-1の土地としました。これにより甲さんの土地は登記上もABCFAで囲まれた土地となり、現実の境と公図の線が一致しました。その後、甲さんの土地は無事に売却をすることができました。

ちなみに、FHIで囲まれた土地は、甲さんが分筆登記を申請し、時効取得を原因として乙さんに移転登記を行いました。その後1-2と2-1を合筆登記し2-1の土地としました(図5)。

筆界と所有権の境が一致していない土地は、いざという時に大変な苦労を伴います。今回ご紹介した事例では、無事に解決することができましたが、関係者の協力が得られない場合など、円滑に解決しないこともあります。あなたの土地は、境界が一致していますか?

※本記事は2010年3月に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

昭和38年生まれ。平成7年土地家屋調査士登録。測量を通してお客様に「安心」を提供することを目的に平成9年株式会社測量舎を設立。誠実・確実・迅速を合言葉に年間100現場以上の境界確定測量。平成18年土地家屋調査士法人測量舎を設立。ADR認定土地家屋調査士、測量士。

高橋一雄土地家屋調査士事務所

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