資産承継

生前に考えておくべき、相続と残された家族のこと

相続という一大事を迎える時、問題は単純な金銭やモノの権利移動だけでは済みません。被相続人の人間関係や物件の来歴にまつわる思い入れ、相続する側の納税対策に関する不安等々……。年間100件以上の境界確定測量をこなす測量のプロが見た、相続の難しさを示すエピソードをご紹介します。

俺は死なない

ある土地資産家さんのお話です。地主さん79歳、奥様7?歳、長男46歳、次男44歳というご家族です。

地主さんは都内で代々蕎麦屋を営んでいます。長男はサラリーマンで、次男は蕎麦屋を継いでいます。二人とも結婚して両親とは別に暮らしています。不動産は、自宅と駅前のお店、駅から徒歩3分の貸宅地約700坪、その他に、少し離れた所に駐車場とアパートがあるそうです。

俺は死なない

長男の方が相続税のことについて、ある税理士先生に相談をしたところ、お父さんが亡くなると相続税が課税されるので、今のうちにある程度土地を売って、現金を持っておいた方が良いとアドバイスされたそうです。そこで知り合いの不動産屋さんに話したところ、「土地を売るためにはまず測量をしなければ売れない」と言われたそうです。

不動産屋さんの紹介で長男の方からお電話を頂きました。さっそく長男の方のご自宅を訪問してお話しを伺うと、お父さんが元気なうちに貸宅地を整理した方が良いと不動産屋さんから言われたので、まず貸宅地を借地人さん毎に分筆して欲しいとのことでした。

現地を案内してもらいましたが、長男さんは貸している土地のことや、借地人さんのことはほとんど知らないようでした。現地には家が20軒程と、駐車場が一箇所ありました。そのうち見ただけで建て替えが出来そうにない家が数軒あります。調査をした上で一週間後にお見積を出すことにしました。

まず法務局で公図、登記簿、地積測量図、建物図面を調査します。次に区役所で、道路法上の道路、建築基準法上の道路、借地人の建物の概要書、その他の制限等について調査をします。調査の結果、前面の区道は二項道路で境界は未確定、敷地の中の道路は位置指定道路であることが分かりました。

調査資料を持って、現地を再度見に行きました。本来4mあるはずの位置指定道路が、現地では2.7mしかありません。奥行きは、図面では20m、現地は歩測で35m以上あります。角切りもありません。調査資料と現地を見比べても、接道条件を満たしてどうやって建てたのか分からない家が数軒あります。

調査結果と見積書を持って長男の方のご自宅を訪ねました。あまりにも複雑な敷地でしたので、現況測量(平面・求積)の見積と、境界確定測量・分筆をした場合の概算見積の二種類をお持ちしました。

現況測量は、建物や塀、道路をあるがままに測って、それを測量図面にするものです。現況測量図を作成することによって、建物と道路の位置関係や、間口・奥行き・面積がほぼ分かります。この図面によっていろいろな計画を練ることが出来るようになります。ただし、隣接の土地所有者さんや、借地人さんと境界確認(立会い)をした上で作成している訳ではないので、数値的には参考値ということになります。

境界確定測量は、隣接する土地の所有者さんや、借地人さんと境界の確認(立会い)をした上で図面を作成するので、正確な数値が得られます。しかし、事前の準備をしっかりと行った上で、境界確認(立会い)を実施しないと思わぬトラブルに発展する恐れがあります。隣接土地所有者との境界紛争はもちろんですが、借地人さんが借りている土地の面積が足りないとか、建て替えの出来ない土地を作ってしまい、借地人さんと紛争になることもあります。

そのため、長男さんには、とりあえず現況測量を実施して、この土地はどこに問題があるのか、その問題をどのように解決していくのかという方針をきちんと立てた上で、境界確定測量・分筆を実施することをお勧めしました。また現況測量で掛かった代金は、境界確定測量を実施した際の測量代金から差し引くことで、二重に費用負担が発生することが無いことも説明しました。長男さんは直ぐにご理解され、次の週にお父さん(地主さん)に会いに行くことになりました。

当日は、長男さんと、知り合いの不動産屋さん、私の三人で一緒に行くことになっていたのですが、長男さんが仕事で遅れるということで、不動産屋さんと私が先にご実家に行くことになりました。地主さんは大変に元気で、戦争当時の話や、自分の親が亡くなった時に兄弟で相続争いになった話をしてくれました。不動産屋さんは、地主さんとも以前からの知り合いのようで、とても和やかな雰囲気でした。

間もなく長男さんが来られたので、本題の話しになりました。長男さんが将来のことや、測量の話をしている間、お父さんは黙って聞いていました。私の方からは既に分かっている問題点や、測量の費用の話しをさせて頂きました。不動産屋さんも、今のうちに測量だけでもしておいた方がいいと勧めてくれます。しかし、お父さんの反応は今一つはっきりしません。さっきまでの和やかな雰囲気は、なんとも気まずい雰囲気になってきました。

長男さんが、『お金は自分が出すから現況測量だけでもやらせてほしい』と言うと、お父さんが私に向かって、『現況測量はお願いします』と頭を下げました。次に息子さんに向かって『確定測量は絶対に認めない!』『あの土地は先祖代々の土地で、借地人さんも戦前からの人達ばかりだ!』『地代が安いからと言って、分筆をして売るなんてとんでもない!』『俺が生きている間は、土地は絶対に売らせない!!』と大変な剣幕です。

長男さんとしては、お父さんが亡くなった場合のことを考えてのことだったと思うのですが、『そうは言っても、親父が死んだら相続税どうやって払うんだ?』と言ったところ、お父さんが『俺は死なない!!』その一言を残して、席を立たれてしまいました。

帰り掛けに長男さんが『時間を掛けて説得します。万一、私の代で自宅や駅前のお店を手放すようなことだけはしたくないですから……。』

地主さんの発言は、長男さんの売り言葉に買い言葉だったとは思うのですが、人は必ず死にます。これは誰もが逃れることの出来ない真理です。現在の法律では、ある一定以上の資産を持っている方が亡くなると、相続税が課税されます。国は個人的な感情は考慮してくれません。しかし地主さんが生きている間は課税されません。課税されるのは残された相続人さん達です。子孫に美田を残さずという諺がありますが、今の相続税制に当てはめて考えると、安心・安全ないつでも売れる土地(美田)を残してやることが、相続税から子孫を守る親の愛情ではないでしょうか?

※本記事は2009年11月に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

昭和38年生まれ。平成7年土地家屋調査士登録。測量を通してお客様に「安心」を提供することを目的に平成9年株式会社測量舎を設立。誠実・確実・迅速を合言葉に年間100現場以上の境界確定測量。平成18年土地家屋調査士法人測量舎を設立。ADR認定土地家屋調査士、測量士。

高橋一雄土地家屋調査士事務所

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