※本記事は、記事作成日である2022年7月11日時点の法令等に則って書かれています。
押さえておきたい3つの資産承継テクニック
資産承継を円滑に進めるための制度やテクニックのうち、今回ご紹介するのは「家族信託」「法人化」「資産の組み換え」です。資産承継において、なぜこの3つが特に重要なのか、まずはその理由から見ていきましょう。
円滑な資産承継を行うための大前提とは何でしょう? それは「相続が発生してからでは遅い」ということです。当然のことと思われる方も多いかもしれませんが、実態として何の対策も打たないまま相続が発生するケースは多々あり、場合によっては深刻なトラブルに発展してしまうこともあります。
例えば、父親から資産を承継したAさんのケースを見てみましょう。Aさんが相続した資産は、ほぼすべてが代々受け継いできた土地や賃貸マンションなどの不動産で、金融資産はほとんどありませんでした。また、会社員であるAさん自身もそれほど金融資産を持っていません。言ってみれば、普通の生活をしていた方が、ある日突然、相続により大地主になったのです。
これで終われば、Aさんは多くの不動産を相続できて「めでたしめでたし」となったわけですが、ある日、疎遠になっていた弟の弁護士から連絡があり、弟が法定相続分を主張していると告げられたのです。
Aさんの父親は遺言を残さず、急に亡くなったため、法定相続分は認めざるを得ません。問題はその弟が不動産ではなく、現金での相続を主張してきたことにあります。前述のように、多くの不動産を相続したとはいえ、Aさんは弟の法定相続分を払えるだけの現金は持っていませんでした。そのため、遺産分割協議がまとまらず、遺産分割調停になってしまったのです。
そのうえ、相続した資産のうち一部の賃貸マンションは老朽化が進行していたため、相続発生前から建て替えを念頭に新規入居者の募集を中止していました。こうした中で相続が発生したため、この賃貸マンションも共有となり、遺産分割協議が成立するまで建て替えもままならない状態となってしまったのです。
3年以上にわたる遺産分割調停の間、家賃収入はほとんど入らない中、調停にかかる弁護士費用が発生し、またAさんは自身の仕事をしながら夜や休日に弁護士との打ち合わせをする日々が続き、金銭的にも精神的にも厳しい状況に立たされたのでした。
実際、資産承継をめぐるトラブルは増加傾向にあります。図表1は2000年から2020年までの家庭裁判所における遺産分割事件の推移を示したものですが、これを見ると、この20年間に遺産分割事件は約1.3倍に増加しています。
こうした事件の中には、Aさんのケースのように被相続人が生前に対策を講じていれば回避できたものも多々含まれていると考えられます。まずは「相続が発生してからでは遅い」という、資産承継の大前提を肝に銘じていただきたいと思います。
相続対策はまず「分割対策」から考える
資産承継のような相続対策の3本柱、それは「分割」「納税」「節税」です。この3本柱のうち「節税」に関心を寄せる方が多いのですが、最も重要で優先的に考えるべき対策は「分割」です。分割対策をしていなかったばかりに、相続人の間でもめごとが起きたり、遺産分割調停に発展したりしては、どんなに節税ができたとしても意味がありません。
また、節税対策ばかりを重視して分割対策を疎かにすると特例を活用することができず、結果として相続税が高額になってしまうこともあります。例えば、節税対策の基本の1つに「小規模宅地等の評価減の特例」の活用があります。これは配偶者や同居している親族など、一定の条件を満たす人が相続で自宅を取得すると、100坪(330㎡)までの土地の相続税評価額が80%減になるというものです。この特例も、相続税の申告期限である10ヵ月以内に遺産分割協議と相続税申告を済ませないと受けられません。
そして、特例が使えないことで納税資金が不足すると、所有する不動産を急いで売却せざるを得なくなり、足元を見られて安く買い叩かれてしまうことにもなりかねません。何はともあれ分割対策を優先し、そのうえで現金納付が原則である相続税をきちんと納められるよう準備を整え、最後に節税対策を講じるという順番で考えましょう。
最優先すべき分割対策では、不動産よりも現金のほうが容易かつ平等に分割でき、また最近はAさんの弟のように遺産分割の際に「不動産はいらないから現金でほしい」と言う人が増えています。二番目に大切な納税対策でも、前述のように相続税は現金納付が原則。そのため、特に資産の大半を不動産で所有している方は、現金をどのように準備しておくかを考えておく必要があります。そして、その際に活用したいのが「法人化」と「資産の組み換え」の2つです。特に「資産の組み換え」は他にもさまざまな用途で活用できるおすすめのテクニックです。
これからの資産承継では認知症対策も重要
ご紹介したいもう1つのテクニックは「家族信託」です。日本では認知症が深刻な社会問題となっており、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になるという推計もあります(図表2)。
認知症により判断能力が欠如すると、民法上、法律行為ができなくなります。「分割」「納税」「節税」という相続対策の3本柱は大切ですが、それ以前に判断能力がなくなってしまったら、どんな対策も講じられなくなるわけです。そういう意味では、超高齢社会の日本において、認知症対策は今後の資産承継におけるキーワードの1つになると言ってもよいでしょう。
そこで、自身あるいは両親などの被相続人が認知症になった場合に備えて活用したいのが「家族信託」という制度です。また、前述の「法人化」も認知症対策として有効な側面があるということを押さえておきましょう。
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さて、第1回目は「家族信託」「法人化」「資産の組み換え」に焦点を当て、資産承継においてこの3つが特に重要な理由について見てきました。次回からは「家族信託」「法人化」「資産の組み換え」の3つの資産承継テクニック関し、一つひとつ詳しくご紹介していきます。お楽しみに!
(第2回に続く)