すまいとくらし

高齢期には体・心そして魂の健康を大切に

高齢期には体・心そして魂の健康を大切に

98才で亡くなった色彩の魔術師マルク・シャガールは長生きの秘訣についてこう言いました。
「働いて、働いて、働きぬいたのです」
人は生きている限り、みんなが幸福に暮らせるように働くことができます。

"老い"は人生の長いひとコマとなりました。その長い時間、健康を保つためには、齢を重ねるほどに工夫が必要となります。

WHO(世界保健機構)憲章には「健康とは(中略)肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」を指すとあります。WHOでは以前、健康の要素として「魂(spiritual well-being)」も必要と提案したことがありました。私は健康には魂にも病がないことが大切だと感じています。

私の尊敬する88歳のM氏は、45年間インドでハンセン病患者の救済を続けてきました。現在車椅子での生活でありながら、マザーテレサと活動した貴重な体験や、そこから得た心身の健康のあり方などを伝導しています。

ニームの木(※)を発展途上国に植え続けている60代のI氏は、幼いころ家族を失うという痛みを抱えました。今は「僕が毎朝太陽を呼び起こすんだよ」と明るい声で周囲に元気を与えています。彼の笑顔は勇気と愛にあふれています。私にはM氏もI氏も、人の暮らしを支援しながら生きてきた人だけが手に入れられる宝物を持っているように感じられるのです。

齢を重ねると訪れる喪失体験や心身の機能低下は悲哀を生みますが、精神の豊かさをもたらす新たな原動力ともなります。孤独は人を不安にすると同時に、思慮深さへと導きます。病気や介護もまた、痛みを抱える人への共感を生み、新しい自分の発見につながります。

不自由や悲しみをごまかさずに乗り越える。若返るのではなく、美しく老いていく。お二人とも困難を避けず、真にやりたいことのために、身を捨てて生きてきた方々です。こうして齢を重ねることが、体、心、魂の健康につながるのではないかと感じています。

医師だった私の父は働くことができなくなりましたが、今できること"歩く"をあきらめることなく続けています。母は突然の介護に戸惑いながらも、それまでと変わらない日々の暮らしを大切にしながら働いています。二人には病や介護でも失われることのない心と魂の健康が感じられるのです。

生老病死に関わるケアの仕事に携わり、支える人を支えるために活動を続けている私ですが、最近「生きるとはどんなことか」「私自身がどう齢を重ねるか」ということを考える時間がふえました。

私は生きている限り働きたいと思っています。そして齢を重ねるほど、心と魂の健康を大切にする重要さを伝えていきたいと願っています。

※ニームの木
樹木に含まれる成分が害虫駆除に役立ち、抗ウイルス作 用・抗菌作用など優れた薬効性があるハーブ。神秘の樹木 として古代より崇められている。

参照【NPO 日本ニーム協会】

ケアマネジャー・看護師・産業カウンセラー。三井不動産(株)ケアデザインプラザで、介護を含めたシニアライフのコンサルティングを行っている。やさしく丁寧なコンサルティングに定評がある一方、企業の介護関連のアドバイザーとしても活躍し、講演・執筆も多数。高齢者支援のみならず、支える人を支えるメッセージを各方面に発信している。ウェブサイト「gooヘルスケア」で介護コラムを連載中。著書に『介護生活これで安心』(小学館)。

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