すまいとくらし

さまざまな住まい方、さまざまな生き方

さまざまな住まい方、さまざまな生き方

江戸時代の僧・良寛は、生涯、五合庵という簡素な住まいに暮らしました。
ある夜、庵に泥棒が入りました。盗るものは良寛の寝ている布団だけ……。
良寛は盗られやすいように寝返りをうったといいます。
そして「盗人の取り残したる窓の月」と詠みました。
モノはなくなってしまったけれど、まだ窓から見る月がある……。
住む人の心が創る、さまざまな住まい方があります。


私たちは毎日少しずつ年をとり、住まいも同じように齢を重ねています。「住み慣れた自宅に住み続けたい」と多くの人が願いますが、介護が必要になったとき、段差や間仕切りの多い住宅に住み続けることに限界があることも事実です。また、核家族化により介護者不在の家も増えています。

そこでケアや見守りのある施設が必要となるのですが、特別養護老人ホームは待機者が多く、入所は困難な状況です。有料老人ホームや高齢者賃貸住宅は心強い味方ですが、選び方が難しく費用もかかります。

最近では、必要に迫られて施設に入所するのではなく、元気なうちから高齢期の住まい方を前向きにデザインする方々が現れてきました。住まい方の例をあげると、高齢者住宅やグループリビングに住みかえ、自主性やお互いのプライバシーを尊重しつつ、共に住むメリットを享受する住まい方。都心のマンションで支え合いのコミュニティを結成し助け合う暮らし方。リゾート地での晴耕雨読。介護が充実した海外でのロングステイ。中古住宅をリフォームした共生型シェアハウス。孤立ではなく孤独な生き方を貫く。生き方が住まい方に反映されます。

富山県砺波市の高齢者医療住居「ナラティブホーム」を運営する佐藤伸彦医師は、人生の最終章を家族と共に安心して過ごせる、病院でもない、在宅でもない"一人ひとりの物語を大切にする"住まいを実現させています。

高齢期の住まい選びで大切なことは、「自分と対峙し自分の意思を持つ」ということです。もちろんお金は必要ですが、あふれる情報やできあいの価値観に振り回されていると、どんなに豪華な施設に入っても、何をしてもらっても不満ばかりで幸せではありません。

ボランティアで石巻市の福祉避難所を訪れました。家も思い出の品もなくした要介護高齢者は、災害でもなくさなかった「豊かな気持ち」を、自分より若く緊張しているボランティアに伝えていました。そこは、今、持っているもので支え合う、温かな空間となっていました。

多様な個人の価値観を認め、新しい住まい方を創っていく時代です。住まいは飾りや流行で選ぶのではなく、互いの価値観、スペースを共に大切にした、自分らしい暮らしの器としてとらえるべきではないでしょうか。

皆さんは、どんな住まい方、生き方を選びますか?
私は月の光に喜びを見出しつつ、一輪の花を活け、本を読み、自分と向き合える自分らしい空間を持ちたいと思っています。

ケアマネジャー・看護師・産業カウンセラー。三井不動産(株)ケアデザインプラザで、介護を含めたシニアライフのコンサルティングを行っている。やさしく丁寧なコンサルティングに定評がある一方、企業の介護関連のアドバイザーとしても活躍し、講演・執筆も多数。高齢者支援のみならず、支える人を支えるメッセージを各方面に発信している。ウェブサイト「gooヘルスケア」で介護コラムを連載中。著書に『介護生活これで安心』(小学館)。

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