心を使って聴きましょう
エンデの傑作『モモ』。モモのことをよく知っている人たちはつらいことや悲しいことがある人に決まって「モモのところに行ってごらん」と声をかけます。
モモのところに行っても、彼女はひたすら聴いてくれるだけ。
でも、話をした人はなんだか癒され、何をすればよいのかを悟るのです。
病院を駆け回り大勢の仲間とともに働くナースから、相談者と顔を合わせてじっくりコミュニケートする介護コンサルタントに転身して数年たち、あることが気になりはじめました。
コンサルティングが終わったあと、満足度が高いときと、今ひとつすっきりしないときがあるのです。
入念に下準備を行い、考えうる限りでいちばんよいご提案をしたはずなのに、なんだかすっきりしない。
その反対に「あまりご提案できなかったな」と思いつつも「あなたに会えてよかった」と晴れやかな顔になって帰られる相談者を見て、お役に立てた、と爽やかな気持ちになるときがあるのです。
もしかしたら、情報を発信することより、受け取り手としての私に関係があるのかもしれないと思い、休日を利用してカウンセリングを学ぶことにしました。
そこでわかったことは「聴く(傾聴)」というのは、ただ単に聞くのではなく、心を使って聴くことが大切だということでした。
カウンセリングの神様といわれるカール・ロジャースは、クライアントもカウンセラーも、人間同士としてお互いにありのままを尊重し対話を重ねれば、自然に回復していくと考えました。それには伝えるための話す力も大切ですが、受け取るための聴く力も大切です。
カウンセリングには「簡単受容(※1)」や「感情への応答(※2)」など、テクニックもありますが、相手の気持ちになって聴き取る姿勢が大切です。こうして傾聴していると、相談者は安心して本来の自分を取り戻し、自由に語るようになります。ときには人生観、死生観にいたる深い話にまで進むこともあり、また、聴く側までもが元気になって、感動をともに味わう瞬間もあります。
日々の暮らしの中でも、よく聴いてもらって気持ちが楽になることもあれば、聞いてもらったはずなのに、かえって孤独感が増すこともあるでしょう。
悩みや悲しみを抱えている人を支えるときに、大きな力になる「聴く」こと。皆さんも大切な人に試してみてください。
※1簡単受容‥話を聴いてうなずいたり、あいづちをうったりすること。話し手の話の流れを妨げず、寄り添っていることを示す方法で、最小限の励ましとなる。
※2感情への応答‥「大変だった」「悲しかった」など、話し手の感情的な表現を聴き取り、それを伝え返す方法。話し手が自分の感情に気づく。
ケアマネジャー・看護師・産業カウンセラー。三井不動産(株)ケアデザインプラザで、介護を含めたシニアライフのコンサルティングを行っている。やさしく丁寧なコンサルティングに定評がある一方、企業の介護関連のアドバイザーとしても活躍し、講演・執筆も多数。高齢者支援のみならず、支える人を支えるメッセージを各方面に発信している。ウェブサイト「gooヘルスケア」で介護コラムを連載中。著書に『介護生活これで安心』(小学館)。
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