〈今回のテーマ〉自然災害による被害と賃貸人の責任
数十年に一度といわれていた規模の自然災害が、年に一度、多いときには数度も起こるようになりました。大規模な地震や台風、河川の氾濫などにより、建物が倒壊・損傷する事例は枚挙にいとまがありません。地震などによって賃貸建物が倒壊して賃借人が死亡あるいはけがを負った場合、また賃借人が財産的損害を被った場合、賃貸人はその損害の賠償をしなければならないのでしょうか。自然災害は不可抗力でもあると思いますが、それでも建物に老朽化や耐震性の欠如が認められるような場合には賃貸人は責任を問われるのでしょうか。
「震度」が責任の有無を判断する1つの基準
震度6~7程度の大規模地震が発生し、建物が倒壊している映像をニュースなどで目にすることがあります。一般的に震度6~7程度の大規模地震は、予想することが困難な不可抗力であるという言い方がなされます。不可抗力とは文字通り、人間には抵抗することのできない、いわば人知を超えた事象を指すものです。したがって、震度6~7の大規模地震などの自然災害により建物が倒壊・損傷したとしても、原則として賃貸人には責任がありません。
一方、民法第717条(土地の工作物責任)では、建物やブロック塀など土地に固着させたもの、いわゆる土地の定着物の設置や保存についての瑕疵(欠陥)によって他人に損害を生じさせたときは、まず定着物の占有者に過失(不注意や怠慢)などがあった場合は占有者が、それ以外の場合は過失がなくても所有者が損害賠償責任を負うとしています。
では、ご質問の場合はどうでしょう。結論から述べると、震度6~7程度の地震の場合は原則として賃貸人には責任がなく、震度6未満の場合は賃貸人に責任が認められる場合が多いといえます。前述の通り、民法第717条は賃貸人が損害賠償責任を負う場合を定めていますが、それは「設置や保存についての瑕疵(欠陥)によって他人に損害を生じさせたとき」に限り発生する責任です。震度6~7程度の大規模地震の場合には、欠陥がない建物でも倒壊し得るものですので、「瑕疵(欠陥)によって他人に損害を生じさせた」という要件を欠くことになります。そのため、賃貸人には責任が認められないことになります。
重要なのは周辺の建物と遜色ない状態に管理すること
しかし、震度6~7と公表された地震であれば常に賃貸人の責任がないというわけではありません。1995年に起きた阪神淡路大震災の前夜、当該地に位置する3棟からなるホテルの一番新しい棟に宿泊した方が、震災により天井の一部が崩落したため、死去するという事故が発生しました。ホテルのオーナーは、阪神淡路大震災はわが国観測史上1、2を争う未曽有の大規模地震であり、不可抗力であるから建物所有者に責任はないと争いました。
しかし、神戸地裁1998年6月16日判決は、当該棟より古い2棟には何の異常もないこと、ホテルの近隣には古い木造家屋があるがそれらが倒壊していないという事実から、天井崩落は不可抗力によって発生したものとは認めることができないと判断し、オーナーに損害賠償責任を認めています。この裁判例の教訓は、大規模地震であっても、周辺の建物が倒壊していないのに自分の所有建物だけが倒壊した場合には、不可抗力による損害とは認められない可能性が高いということです。
そのため、自身が所有する建物は、周囲の建物の状況に比して遜色ない、瑕疵(欠陥)がない状態にするため、日ごろから適切な修繕・管理をしておく必要があることを示しているものと思われます。また、そのために必要な老朽化対策は時間がかかることを考慮し、早期の着手が大切であると考えられます。
東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。
海谷・江口・池田法律事務所
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