土地資産家のための法務講座

相続法の改正~自筆証書に関する遺言書保管法の制定

法律で規定される遺言書の一つである自筆証書遺言は、作成手順や費用面で比較的簡便なものの、その保管方法については自己管理が必要でした。改正民法において「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(遺言書保管法)が制定され、この点が改められましたので詳しく解説していきます。

私も高齢となり、相続人間で揉め事が起きないように遺言書を作成しようと考えています。
相続人となるのは私の妻と長男、次男の3人です。遺言の内容としては、妻が老後の生活に困ることのないよう、私の所有する自宅の土地建物とA銀行の預金を全部妻に、アパートの土地建物を長男に、投資信託を次男に相続させる旨の遺言を考えています。
遺言執行者を指定した方がよいのかを考えていますが、遺言執行者がいれば、妻に相続させるA銀行の預金については、遺言執行者が預金の払戻や解約をすることは認められているのでしょうか。 そうであれば、妻にとっては自らA銀行の預金の処理をしなくても済みますので、遺言執行者を指定する意味があるように思います。また、遺言執行者がいれば、私の遺言の内容と異なる処分を他の相続人がした場合でも、遺言どおりに、遺言執行者が遺産を取り戻せるのでしょうか。

改正民法による遺言執行者の権限の明確化

改正民法では、遺言執行者の権限の内容が明確にされました。新しく設けられた主な条文としては、以下のものがあります。

①遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない(改正民法第1007条)。

改正前民法には、遺言執行者は、就職を承諾した場合には、直ちに任務をおこなえばよいのであって、相続人に遺言書の内容を通知する義務は規定されていませんでした。しかし、遺言執行者の存否および遺言の内容については相続人には重大な利害関係があることから、改正民法では、遺言執行者は財産目録を作成して相続人に交付する義務だけではなく、「遺言の内容」を相続人に通知する義務が明文化されました。

②遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみがおこなうことができる旨が明文化されました(改正民法第1012条2項)。

改正前民法にはこのような条文がありませんでしたが、同様の最高裁判例があり(最判昭和43年5月31日)、最高裁の判例を改正民法の条文に取り入れたことになります。

遺言執行者の預貯金の払戻権限や預貯金の解約権限

改正前民法では、遺言執行者が預貯金の払戻や解約についての権限を有するかについては見解が分かれていました。そこで、改正民法は、預貯金を共同相続人の一人または数人に「相続させる旨の遺言」があったときは、遺言執行者は、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができると明文で定められました(改正民法第1014条2項)。従って、遺言執行者を指定して、預貯金を妻に相続させるとの遺言を作成しておけば、遺言執行者が預金の払戻や解約手続きをすることができることが明確になりましたので、妻が金融機関まで出向く必要はなくなります。ただし、預貯金を解約する場合は、その預貯金の全部が遺言の目的である場合に限るとされています。注意すべきことは、遺言執行者が預金の払戻や解約権限を有するのは、妻に預貯金を「相続させる」という遺言書を作成した場合に限定されていることです。妻に預貯金を遺贈するとの遺言を作成しても、遺言執行者に払い戻しや解約権限があるとは改正民法には規定されていません。その場合には、遺言書に、遺言者が遺言執行者に対し妻に遺贈した預貯金についての払戻権限等を授与した旨を記載しておくことが必要です。

遺言と異なる遺産の処分の有効性

改正前民法は「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」と定めており(改正前民法第1013条)、判例では「遺言執行者がある場合、相続人が相続財産につきした処分行為は、絶対無効である(大判昭和5年6月16日)」とされていました。従って、改正前民法のもとでは、遺言執行者が選任されていれば遺言に反する遺産の処分は絶対的に無効とされ、遺言と異なる処分がなされても、処分された財産を取り戻すことができました。

しかし、改正民法では、遺言執行者がいる場合、遺言に反する財産の処分は無効としつつ、「ただし、これをもって善意の第三者に対抗することはできない」(改正民法第1013条2項)との規定を新設し、遺言執行者がいる場合であっても、遺言に反する遺産の処分がなされた絶対的無効ではなく、相対的無効(善意の第三者に遺産が処分された場合にはその遺産の処分は有効とされる)ということに変更されています。従って、改正民法のもとでは、遺言執行者を選任したからといって、遺言に反する遺産の処分がなされても、その処分の相手方が遺言に反する処分であることを知らなかった場合(無過失は要求されていません。)には、取り戻すことができなくなりました。こうした、遺言執行者に関する民法の改正を踏まえて遺言執行者を選任すべきか否かを考える必要があります。

※本記事は2021年1月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

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