資産承継

筆界特定制度について(5)

筆界特定制度について(5)

前回まで筆界特定制度の制度的な面について、4回に渡ってお話しをしてきましたが、筆界特定制度についての最終回に当たる今回は、筆界特定制度の具体的な利用方法についてお話したいと思います。

筆界特定制度は前回までお話したように、あくまでも公法上の境界「筆界」を特定する制度です。しかし、私たちの生活において本当に必要な境界は、「筆界」ではなく、私法上の境界「所有権界」(所有権の範囲)です。

一般的な境界紛争は、本来私法上の境界「所有権界」で争っているにも関わらず、私法上の境界「所有権界」をお互いに確定した正確な測量図が存在しないために、公法上の境界「筆界」を同じ土俵の上に乗せて、同じ「境界」として争っているのです。

この複雑に絡まった境界を、公法上の境界「筆界」と私法上の境界「所有権界」とに峻別することこそが、筆界特定制度の隠れた大きな役割なのです。

それでは、具体的な事例を基に筆界特定制度の利用方法について見ていきたいと思いますが、その前に一つ注意して欲しいことがあります。それはここでお話する事例はあくまでも参考事例であり実際とは異なるということです。実際の事案は状況や事情が違いますので、この通りになるというものではありませんし、何かを保証するものでもありません。あくまでも参考としてお聞き下さい。

事例1

甲地の所有者A氏と、乙地の所有者B氏は、先祖代々現在の土地に住んでいます。お隣同士ということもあり、今まで土地の境界について特に問題にすることもありませんでした。両者とも過去に測量や分筆登記をしたことはありません。現地はブロック塀等も無く、甲地と乙地の占有状態を判断する物は何もありません。

今回、甲地を売却することになりA氏が土地家屋調査士に依頼をして、公図の線(筆界)を現地に復元してもらったのですが、B氏は『公図はいい加減だから』と言って、復元した筆界を境界と認めようとはしません。

そこで、土地家屋調査士が提案をしてA氏・B氏共同で筆界特定の申請をすることになりました。10ヶ月後筆界特定登記官から筆界特定書が出され、筆界はXとYを結ぶ線であると特定されました。B氏は『法務局が言うならそれが正しいだろう』ということで納得し、その後XとYに境界標を設置して、両氏の間で境界確認書の取り交わしが行われました。

この事例のように、境界について争っている訳でも無く、特に主張する境界線があるわけでは無いにも関わらず、境界について単に認めたくないという方がいます。こういう場合に筆界特定登記官という公的機関に筆界を特定してもらうと、意外にすんなりと解決することがあります。

役所のことを「お上」と呼ぶような年配の方には効果的かもしれません。なお、筆界特定制度では、境界標の設置や境界確認書の取り交わしまでは行われません。

事例2

甲地の所有者A氏は、甲地を売却するために土地家屋調査士C氏に境界確定測量を依頼しました。しばらくして、依頼した土地家屋調査士C氏から隣地の乙地所有者B氏が『境界確認に協力しない」と言っているとの報告を受けました。

B氏は他県に住んでいて、現地にはB氏の娘夫婦が住んでいます。現地は境界標もあり占有状態とも一致しており、境界に問題があるようには思えないのですが、A氏と土地家屋調査士C氏が何度お願いをしても、協力して頂けません。A氏からは手紙も出して頂きましたが、返事はありませんでした。

ご近所の話では、以前B氏が境界確認のお願いをA氏にした際に、A氏から断られた経緯があるようです。その時の恨みによるものかどうかは分かりませんが、B氏からの協力は頂けませんでした。そこで、A氏から筆界特定の申請をして頂きました。

筆界特定の申請が受付けられると、筆界特定登記官から関係人(B氏)に対して、筆界特定の申請があった旨の通知がされます。また現況等把握調査や特定調査に際し、現地立会を求められたり、意見申述を求められたりします。

その結果、B氏が依頼した土地家屋調査士D氏から『境界確認に協力する』との連絡がありました。その後、遠方に住んでいるB氏の代わりに、土地家屋調査士D氏と現地にお住いのB氏の娘夫婦に現地を説明し、後日B氏の境界承諾を頂きました。なお、筆界特定については、A氏から筆界特定登記官あてに取下げ書を提出しました。

この事例のように、隣地の所有者に協力して頂けない場合には、有効な手段かもしれません。ただし、隣地の所有者が行方不明や不在の場合には、筆界特定を申請するのではなく、裁判所に対して不在者財産管理人の選任を申し立てて下さい。

事例3

甲地の所有者A氏と、乙地の所有者B氏は、以前から境界について意見の相違があり、何度か話し合いをしましたが、解決は難しい状況です。そこで、A氏は筆界特定制度を申請することにしました。

現地は、甲地と乙地の間にブロック塀があります。このブロック塀は誰が建てたか不明ですが、A氏の親がこの土地を購入した40年前には既にあったそうです。ブロック塀の下には境界標があります。B氏の親も丁度同じ頃に乙地を購入しています。甲地と乙地はもともと一つの土地で、以前の所有者が不動産会社に売却をし、不動産会社が甲地と乙地に分筆をしてそれぞれ売却をしたものです。なお、abcdefの各点には境界標があります。

A氏は、A氏の親が甲地を購入して以来、自分の土地と信じて占有しているabefで囲まれた範囲が自分の土地だと主張しています。一方のB氏は、甲地と乙地に分筆した際に作成された地積測量図(乙地のみを求積し、甲地は残地で距離の記載はない)記載の距離を、c及びdから測るとXとYになるため、甲地と乙地の境はXとYを結ぶ線であると主張して譲りません。

筆界特定の結果、甲地と乙地の筆界はXとYを結ぶ線であると特定されました。A氏は筆界については認めたものの、筆界と所有権界は異なるとして、裁判所に対して取得時効を根拠としてbeYXで囲まれる範囲の所有権について提訴し、判決によりbeYXで囲まれる範囲の所有権がAのものであることが認められました。その後、乙地からbeYXで囲まれる範囲を分筆し、B氏からA氏に所有権の移転登記を行いました。

この事例のように、所有権の範囲と、筆界を同じ土俵の上で議論しているといつまでも解決しません。そこで、筆界特定制度により一方の筆界を特定し、その上で所有権の範囲を議論するという手法を取ると、問題がはっきりして解決の近道となる場合があります。

最後に、筆界特定制度では解決しない事例についてお話します。

事例4

甲地の所有者はA氏とB氏で、それぞれ持ち分が1/2となっています。A氏とB氏は兄弟で、甲地は親から相続した土地です。今回B氏は事業の損失を穴埋めするために、甲地の売却を考えていました。

ところがA氏から『甲地は親から引き継いだ土地だから絶対に売らないし、分割も認めない』との話があり、B氏は仕方なく裁判所に対して甲地の共有物分割を提訴しました。

それに対して裁判所から、『分割案(測量図)を提出しなさい』とB氏に要求があったため、B氏はA氏に対して測量をする旨を連絡したところ、A氏から『測量は認めない、測量会社の敷地立ち入りも認めない』と通知してきました。

そこでB氏は筆界特定制度の「立入権」を利用して現地の測量ができないかと考え、筆界特定の申請をすることにしました。

しかし、申請はしたものの却下されてしまいました。

筆界特定制度はあくまでも筆界を特定するための制度ですので、この事例のように敷地立ち入りができない土地の測量をするためや、所有権の範囲の確定のように、申請の目的が筆界の特定以外の場合には、却下となりますので注意が必要です。

なお、この事例のように共有者が敷地立ち入りを拒否していたり、測量に反対をしているような場合には、測量士や土地家屋調査士では対応できませんので、弁護士にご相談下さい。

以上4つの事例を見てきましたが、これはあくまでも参考事例ですので、実際の事案に際しては必ず土地家屋調査士か弁護士に相談をお願いします。

最後に、筆界特定制度自体は境界紛争(所有権の争い)に対してはほとんど無力です。筆界特定書で筆界が特定されても本当の解決にはなりません。筆界特定制度は境界紛争を解決する一つの手段(きっかけ)として考えて頂いた方が良いと思います。

昭和38年生まれ。平成7年土地家屋調査士登録。測量を通してお客様に「安心」を提供することを目的に平成9年株式会社測量舎を設立。誠実・確実・迅速を合言葉に年間100現場以上の境界確定測量。平成18年土地家屋調査士法人測量舎を設立。ADR認定土地家屋調査士、測量士。

高橋一雄土地家屋調査士事務所

高橋一雄 コラム一覧

「資産承継」の記事一覧

SNSシェア

Recommend