相続でもめると、境界も決められない
ある銀行さんからお客様を紹介して頂きました。隣と境界でもめているので、境界を確定してほしいとのご依頼でした。目的は、相続で引き継いだ親の借金を返済するために、土地を売却するとのこと。売却に当たって、隣地と境界でもめていたのでは売れないと不動産会社に言われたそうです。
現地は駅から徒歩5分の閑静な住宅街で、約50坪あります。登記簿を調べると、その土地は相続で、兄弟が三分の一ずつの共有で所有している土地であることが分かりました。ご依頼は、次男の方(50歳位)でその土地上の家に住んでいます。その家も兄弟三分の一ずつの共有です。長男は独立をして、別に家を構えています。長女は嫁いでいます。次男の方は独身で、亡くなった父親と二人で暮らしていたそうです。法務局に地積測量図はありませんでした。
『境界を確定するためには、所有者全員の協力が必要ですが、長男と長女の方の協力は得られますか?』と質問したところ、次男の方が『自分が全て取りまとめるから大丈夫です』と言うので、長男と長女の方には特に確認をしないで、現場に着手することにしました。
現場に入って調査をしてみると、対象地の回りは全てブロック塀で囲まれ、ブロック塀の角々にはコンクリートの境界杭が全て入っています。ブロック塀は亡くなった父親が建てたものです。通常では、境界でもめない土地です。隣接している土地は3件です。隣地の所有者に挨拶回りをしても、みなさん気の良さそうな方ばかりで、コンクリートの杭が境界という認識もみなさん一致しています。境界でもめているとは思われません。
しかし、次男の方だけは境界は違うと言います。現地と公図の形は一致しています。現地のコンクリート杭を測量して面積を計算すると、登記簿面積より若干多い程度でほぼ一致しています。それでも境界は違うと言い張ります。隣地の所有者に断って、次男の方が境界と思っているところを掘らせて頂きました。かなり広範囲に掘っても、境界杭は出てきません。次男の方は、『隣地が家を建て替える時に杭を抜いたんじゃないか?』と言います。根拠になるような図面があって言っている訳ではないので、『杭を見たことはあるのですか?』と質問してみると、子供の時に見たと言います。
道路境界だけは、区役所と現地確認(立会い)を終わらせることができたのですが、隣地との境界については、次男の方が反対をして立会いをすることができません。この案件を紹介してくれた銀行さんからは、何度も状況の問い合わせが来ますし、仲介の不動産屋さんからは、買い付けが入ったので急いで下さいと催促される始末です。次男の方を説得するしか方法が無いのですが、次男の方は納得してくれません。次男の方は、隣地を相手に境界訴訟を起こすとまで言い始めました。
そんなある日、長男の方から会社に電話がありました。大変なご立腹で、『あんな土地の境界を決めるのに、何日掛かっているんだ?』、『塀のまわりにコンクリートの杭があるんだからあれが境界だ!』と電話越しに怒鳴っています。電話では説明ができないこともあるので、直接お会いしたいと申し入れたのですが、聞き入れてもらえず『測量は中止する!』と一方的に言って電話を切られてしまいました。次男の方に電話をして、事の次第を報告すると、『掛かった費用はお支払するので、測量は止めて下さい』とのことでした。
その後、その土地については関わらなかったのですが、たまたま、その土地のすぐ近くの現場を別な方から依頼され、現地を測量していると、近所の方から「兄弟でもめているらしい」との話を伺いました。次男の方は、親の面倒を最期まで看たのは自分なんだから、家と土地は自分が相続できると思っていたらしいのですが、遺産分割協議で、兄弟で均等に分けることになったことが、争いの原因のようです。長男と長女の方は、家と土地を売って、借金を返したら残ったお金を三人で分ければいいという考えのようなのですが、次男の方は、親の残した家と土地は手放したくなかったようです。境界でもめれば売却できないだろうと思って、一人で境界に反対していたのかもしれません。ちなみに、未だに売れていないようです。相続での共有は、争いの先送りと言いますが、正にその典型の様な現場でした。
※本記事は2010年1月に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。
昭和38年生まれ。平成7年土地家屋調査士登録。測量を通してお客様に「安心」を提供することを目的に平成9年株式会社測量舎を設立。誠実・確実・迅速を合言葉に年間100現場以上の境界確定測量。平成18年土地家屋調査士法人測量舎を設立。ADR認定土地家屋調査士、測量士。
高橋一雄土地家屋調査士事務所
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