スペシャリスト ビュー

應義塾大学 医学部 精神・神経科 専任講師 岸本 泰士郎 氏

増加する心の病と、医療分野における人工知能の可能性。
各界で話題を集めるAIは、これからの医療のあり方をどのように変えていくのか?

医療機関に受診するうつ病や統合失調症、不安症などの患者数は約392万人(2014年)、そして、65歳以上の認知症患者は約462万人(2012年)。いま日本では、このような精神科の病気を患う人が年々増加傾向にあります。

こうした中、自動車の自動運転や金融市場での自動売買、対話型ロボット、最近は将棋の世界などでも注目を集めている人工知能(AI)を、精神疾患の診断支援に活用しようという試みが始まっています。そこで今回は、精神科医としてその研究を進める慶應義塾大学医学部の岸本泰士郎氏に、医療現場における人工知能活用の可能性や今後の課題についてお話をお聞きしました。

うつ病や認知症増加の背景と早期発見・対処の重要性

増加が進む精神疾患の中でも、とりわけ増加率が高いのがうつ病です。近年、この病気が広く知られるようになって、比較的軽度の患者さんでも受診される方が多くなりました。また、超高齢社会を背景に話題になることが多くなった認知症も同様に受診される方が増えています。

うつ病については、医師からの質問に対する「イエス」の数が一定数を超えるとうつ病と診断される「操作的診断基準」が広く導入されるようになって以降、従来なら軽度でうつ病ではないとされていたケースもうつ病と診断される例が増えました。こうして初期の軽症の段階で病気を発見・対処できるようになったことのひとつの効果と考えられるのが自殺者数の大幅な減少です。2003年のピーク時には3万5千人に迫る勢いだった自殺者数が、2015年には2万5千人を下回るまで減少しています。一方、認知症に関しては、65歳以上の患者数が2025年には約700万人に達する見通しです。これは長寿化によって平均年齢が上がり、高齢者になる人が増えていくことが最大の要因と言えます。

うつ病については自然軽快する例もあるとはいえ、認知症になると自然治癒する可能性はとても低い病気です。ほかの病気と同じように、よりよい予後を目指すうえでは、病気を早期の軽度な段階で発見し、いち早く適切に対処することが極めて重要だと言えるでしょう。

難しい精神疾患の診断・評価に人工知能の力を活用する試み

現在、私たちはこうした精神疾患の診断に、人工知能を活用する取り組みを進めています。そもそも人工知能の定義はあいまいで、時代とともにその定義は変化していますが、一般には人間の知的な機能を機械に代替・再現させようとする試みのことを指します。また、人口知能を下支えする技術として、機械学習が使われます。機械学習とは、コンピューターが膨大な量のデータを読み込んで学習し、新しいデータに対してもその学習に基づく経験から予測する、という技術です。

そんな人工知能を活用して、精神疾患の重症度診断を補助する仕組みづくりに取り組んでいます。実は精神科領域の疾患の重症度の評価はとても難しく、これまでは患者さんとのインタビューを通じて、例えばうつ病であればどのくらい気持ちが沈んでいるか、また睡眠や食欲といったその人の状態を点数化し、その合計点数が高いほど重症だと判断してきました。

しかし、そのインタビューには30分程度の時間がかかり、確かなトレーニングを受けた評価者が適切な方法でおこなわないと、患者さんの重症度は正確に計測できません。そのため、評価者の経験や能力に応じて、重症度の診断結果に差が出てしまうことが少なくありません。そうした曖昧さやある種の恣意性を極力排除し、少しでも客観化・定量化できるようなメソッドを人工知能の力を活用して確立したいと考えています。とはいえ、医師の経験則や感覚というのは有用で貴重なものですから、それを一切使わないというのではなく、それも生かしつつ、人工知能の圧倒的なデータ分析能力を利用して、補助的な診断ツールとして活用していこう、というプロジェクトです。

実際の診断では、インタビューの様子をビデオカメラや三次元的な動きを読み取れる赤外線カメラで撮影し、患者さんの声の抑揚や会話の内容、表情の変化や動作速度、落ち着きのなさを捉えてデータ化し、それを人工知能で解析しようとしています。2015年11月からプロジェクトがスタートし、現在ではうつ病の重症度を一定の精度で推測できるようになっており、既存の診断基準と一定の相関があることもわかってきました。

また、認知症の診断にも人工知能を活用する取り組みを進めています。認知症の症状は言葉に表れやすく、一見元気に話していても言葉の端々に症状が出てくるケースも少なくないので、患者さんの言葉を解析して認知症の進行度などを定量化しようとしています。

人工知能活用の研究を通じて課題もいろいろと出てきましたが、そのひとつが、「過学習(Overfitting)」と呼ばれる問題です。過学習とは、機械学習において訓練用のデータに対してはいい予測を立てられていても、未知のデータに対してはうまく予測が立てられないという現象です。このため、研究グループでは、いろいろなタイプの患者さんを含めたり、全国各地の様々な地域の患者さんに研究に参加していただいています。

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