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経営承継円滑法における遺留分特例制度

経営承継円滑法における遺留分特例制度

前回に引き続き「遺留分による負担を緩和するための手法」として、今回は、「経営承継円滑法における遺留分特例制度」を取り上げたいと思います。

1.経営承継円滑化法の目的

平成21年5月に『中小企業における経営の円滑化に関する法律』(経営承継円滑化法)が成立しました。そして、遺留分に関する民法の特例にかかる規定については平成21年3月1日から施行されました。

この法律は、『我が国の経済の基盤を形成している中小企業について、代表者の死亡等に起因する経営の承継がその事業活動の継続に影響を及ぼすことにかんがみ、遺留分に関し民法の特例を定めるとともに、中小企業者が必要とする資金の供給等の支援措置を講ずることにより、中小企業における経営の承継の円滑化を図り、もって中小企業の事業活動に資すること』を目的として(円滑法1条)、経済産業省(中小企業庁)を主管として制定されたものです。

同法は、(1)本稿のテーマである「遺留分に関する民法の特例」(円滑法3条から11条)を定めるとともに、(2)認定を受けた中小企業者に対する株式・事業用資産の取得、運転資金、相続税資金等の融資のための支援措置(円滑法12条から15条)、(3)事業活動の継続に支障が生じることを防止するため、相続税課税について必要な措置を講ずべきことを規定しています(円滑法附則2条)。

2.経営承継円滑化法における「遺留分に関する民法の特例」

(1)制度の趣旨

相続人間で遺留分の規定と異なる合意をしても法的には無効です。また、遺留分は、家庭裁判所の許可がなければ放棄することはできず、放棄の申立は承継者以外の相続人にしてもらう必要があり、そのためには、放棄をする当事者に負担がかかってしまうことになります。そこで、一定の要件のもとで遺留分の規定と異なる合意を認め、事業承継者が自ら手続を進めることができるように定め、事業承継の円滑化を図ることとしたのがこの制度です。

(2)制度の概要

制度の内容を簡単にまとめると以下のとおりです。

(a)円滑法が認める民法の例外には、「除外合意」と「固定合意」という2つの方法がある。

(b)特例が認められるためには、以下の要件を具備することが必要である。

  • 上記の合意は、推定相続人(この特例では遺留分のない兄弟姉妹を除きます)全員の書面による合意が必要。
  • 特例を受けられる中小企業は、3年以上継続して事業を行っている非上場企業で、業種によって資本・従業員要件が異なる。
  • 株式を譲渡する先代経営者は、過去または現在、会社の代表者であること。
  • 後継者は先代経営者の推定相続人であり、合意時に当該会社の経営者であること。
  • 自己保有株式及び贈与対象株式を合算して会社の議決権の過半数を保有する必要があるが、もともと過半数を有している後継者には適用されない。
  • 後継者が合意対象株式を処分したり、先代経営者生存中に後継者が代表者でなくなった場合に非後継者がとることができる措置についての定めをする必要がある。

(c)合意後1か月以内に当該合意に関する経済産業大臣の確認の申請する必要がある。

(d)上記確認受領後1か月以内に家庭裁判所に許可の申請をする必要がある。

以下に詳しく見ていきましょう。

3.「除外合意」と「固定合意」

(1)除外合意

後継者が旧代表者からの贈与により取得した当該中小企業の株式の全部または一部について、その価額を、遺留分を算定するための価額に算定しない旨を合意することを言います(法4条1項1号)。この対象となる株式は、遺留分の対象から除外されるので、他の相続人から遺留分侵害請求を受けることはありません。

そのため、このような合意が成立すれば後継者は株式の分散を防ぐことができ、安心して後継事業に専念することができます。

(2)固定合意

後継者が旧代表者からの贈与により取得した当該中小企業の株式の全部または一部について、遺留分を算定するための財産の価額に算入すべき価額を当該合意時における価額とする旨を合意することを言います(法4条1項2号)。

遺留分の価額の算定時期は相続開始時ですが(最高判昭和51・3・18)、後継者が、先代経営者の生前に株式の贈与を受けて事業を承継し、会社の業績を向上させて株価を上昇させた場合には、上記の株価の増加分が遺留分算定財産に加算されてしまい、後継者が努力すればするほど遺留分減殺請求対象財産が増加してしまうという矛盾した結果となってしまいます。

これでは、後継者もたまったものではありません。そこで、譲渡を受けた株式の価額を後継者とその他の推定相続人との間で合意した価額で固定し、その後の増分を後継者に取得させることとしたのがこの固定合意の制度です。

ただし、中小企業の株式の算定は簡単ではありません。そのため、固定合意にかかる株式の価額の公正を期するため、対象となる株式の価額が相当な価額である旨の弁護士、公認会計士、税理士の証明が必要です。

(3)併用可能

ある株式について「除外合意」を採用し、他の株式について「固定合意」を採用することも可能です。

(4)非後継者がとることができる措置についての定め

上述したとおり、これらの合意をしたときには、必ず、後継者が合意対象株式を処分したり、先代経営者生存中に後継者が代表者でなくなった場合に、非後継者がとることができる措置についての定めをする必要があります。

具体的には、本特約を解除できる、一定の違約金を課す等が考えられます。なお、後継者が代表者でなくなる場合であっても、より企業価値が向上できる経営に統合する場合を除外する等の合意をすることも可能と解されます。

4.除外合意または固定合意をする際に併せて定めることのできる合意

「除外合意」も「固定合意」も、推定相続人全員の合意が必要です。そこで、円滑法は、以下のような条項を除外合意に関する合意書に盛り込むことができるものとして後継者と非後継者とのバランスを図ることができるようにしています。

(1)後継者による自社株式以外の財産に関する価額の不参入

後継者は、「除外合意」または「固定合意」がなされることを前提に、先代経営者から当該会社以外の財産についての価額を、遺留分を算定する財産の価額に算入しないことができます(円滑法5条)。したがって、自社株式以外の工場等の土地建物や設備等についても、その価額を遺留分算定財産に算入しないことを合意することができます(円滑法5条)。

(2)推定相続人間の衡平を図るための措置

このような措置として、推定相続人に対し、一定額の金銭等を支払う旨の合意等が考えられます(円滑法6条1項)。また、後継者以外の推定相続人が先代経営者から贈与を受けた財産について遺留分算定財産に算入しない合意をすることができます(円滑法6条2項)。 これらの合意も推定相続人全員の合意が必要であり、かつ、書面によってなされることが必要です。

5.この制度を利用できる中小企業の範囲

この制度を利用できる会社は、中小企業基本法に定める中小企業者及び円滑法施行令によって一部要件が緩和された以下の中小企業者とされています(円滑法2条)。

  • 製造業その他:資本金3億円以下、従業員数300人以下
    ただし、ゴム製品製造業については、従業員900名以下で良い。
  • 卸売業:資本金1億円以下、従業員数100人以下
  • 小売業:資本金5,000万円以下、従業員数50人以下
  • サービス業:資本金5,000万円以下、従業員数100人以下
    ただし、ソフトウェア・情報処理サービス業は、資本金3億円以下、従業員数300人以下で可。また、旅館業は、資本金5,000万円以下、従業員数200人以下で良いとされています。

6.産業経済大臣の確認及び家庭裁判所の許可

円滑化法にかかる「遺留分に関する民法の特例」の合意の効力が生ずるのは、当事者間で特例にかかる合意書を作成しただけでは足りず、「経済産業大臣の確認」と「家庭裁判所の許可」が必要です。この両手続を経て初めて合意が有効となる点に注意をする必要があります(円滑法8条1項、9条)。

また、経済産業大臣の確認申請は、合意をした日から1か以内に行う必要があり(円滑法7条2項)。また、家庭裁判所への許可申請は、産業経済大臣の確認を受けた日から1か月以内に申立をする必要があります(円滑法8条1項)。

この点も注意すべき点ですので、上記の期間を遵守することができるよう、特例にかかる合意書締結と同時に申請の準備が可能となるよう予め申立関係の準備も並行して行う必要があります。

(1)経済産業大臣の確認

経済産業大臣は、次の点について確認するとされています(円滑法7条)。

  • 当該合意が特例中小企業者の経営の承継の円滑化を図る目的でなされたこと(円滑法7条1項1号)
  • 申請をした者が当該合意をした日において後継者であったこと
  • 合意をした日に後継者が所有する特例中小企業の株式のうち合意の対象とした株式を除いたものに係る議決権の数が総株主の議決権の100分の50以下の数であったこと
  • 後継者が株式を処分した場合等に後継者以外の推定相続人がとることができる措置に関する合意があること

申請手続については、中小企業庁より詳細な『中小企業経営承継円滑化法申請マニュアル』が用意されており、インターネットからでもダウンロードが可能です。このマニュアルによると、申請書は、中小企業庁事業環境部環境課又は各地方経済産業局中小企業課に提出することとされており、郵送または電子申請も可能とされています。

(2)家庭裁判所の許可

円滑法8条2項によれば家庭裁判所は、特例合意が当事者の全員の真意にでたものであるとの心証を得なければこれを許可することができない、と規定しており、家庭裁判所の審理の対象は、専ら当事者全員の真意性にあると考えられます。こちらの許可申請書については最高裁判所のWEBサイトからダウンロードが可能です。

7.円滑法の現状と課題

(1)円滑法の実施状況

ところで、裁判所のホームページから司法統計を閲覧することが可能ですが、これによると円滑法が施行された平成21年3月から12月までに全国の家庭裁判所に申立があった円滑法にかかる許可申請事件は7件(うち東京家裁が6件、松山で1件)、翌平成22年は通年で19件(東京が4件、神戸及び名古屋で各2件、横浜、宇都宮、前橋、静岡、甲府、新潟、京都、奈良、福島、札幌、釧路で各1件)という状況です。

確かに、制度開始からまだ2年という状況であり、一般的に認知度が低いということもあるかもしれませんが、相続放棄許可事件が、全国で平成21年が1,056件、平成22年が1,110件であるのに比べると、本制度は、実際には利用度が低いと言わざるを得ないように思います。

(2)円滑法の課題

円滑法の遺留分特例制度は、ご覧頂いたように要件が多岐に亘り、経済産業省と裁判所の双方の確認と許可が必要です。しかし、当事者間の全員合意が必要となっており、客観要件も明確な規準が存する中で、わざわざ役所の確認を受ける必要があるのか疑問なしとしません。

また、真意性を判断するためだけに裁判所の許可を要するというのも加重な手続のような気がします。少なくとも遺留分の特例ということであれば、その認定はすべて裁判所に委ねるとか、手続をより簡素化する等、会社の資本要件等、実体法上の要件も再度見直し、より使い勝手の良い制度を目指し再検討する必要があるのではないかと思います。

円滑法付則3条は、政府が本法律施行5年を経過した時点で法律の施行の状況について 検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所用の措置を講ずるものとしていますが、円滑法の遺留分特例制度については、より大きな視座からの再検討が図られるべきものと考えます。

弁護士。昭和31年生まれ。早稲田大学法学部卒。昭和55年司法試験合格後、司法研修所、海谷・江口・池田法律事務所を経て、平成元年に木島法律事務所を設立。組織変更を経て、平成22年12月より木島綜合法律事務所。一般民事事件とともに、都市再開発法・借地借家法・不動産売買等の不動産関係法務や会社法・労働法等の企業法務等を多く扱っている。

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