資産承継

相続人が確定していない借地権の底地物納

相続人が確定していない借地権の底地物納

相続税納付に悩む地主さんから様々なご相談をお受けしていると、時には変わったご相談をお受けすることもあります。

今回は、貸宅地をご所有されている方であれば、どなたでも潜在的に同様の問題を抱えていることが多い事例をご紹介致します。

地契約者と建物所有者が異なる

物納申請財産の概要

今回の事案は、横浜市内で古くから農家を営まれていた方の相続事案です。昨年亡くなられたご当主が、家督相続により財産を受け継いでから実に60数年もの間、相続税とは無縁であったという非常に稀な事例です。

税理士、不動産会社、測量事務所と共に相続税納付のプロジェクトチームを結成し、更地や未利用地は不動産会社が売却活動を行い、売却困難な更地や貸宅地の物納条件整備を担当することになりました。

今回ご紹介する物納事例は、底地物納申請することになった区画の、ある借地人のご家族が主役となる事例で、物納申請した地主(相続人)をA、対象地の借地人をBとします。

借地契約者と建物所有者が異なるケースの代表例

そもそも借地権とは、『建物所有を目的とした土地の賃貸借契約』であることから、借地契約者と建物所有者(登記名義人)は合致していることが、借地契約の前提条件と言えるものです。しかしながら、長年の契約期間中に借地契約者の個別事情によって、借地契約者と建物所有者が異なってしまうことも数多く見受けられます。

<借地契約者と建物所有者が異なるケースの代表例>

(1)借地権者の子供や孫名義で借地上建物を建て替えた場合
(2)借地権者の相続時に、借地権と建物を異なる相続人が取得した場合
(3)借地権者の相続時に、遺産分割を行わずに契約書を書換えていた場合
(4)借地権者が敷地の一部を第三者に転貸借させた場合

借地契約者と建物所有者が異なる最多パターンは、上述の(1)に該当するもだと思います。

例えば、借地契約者が高齢となってから建物を建て替える場合、同居する子供世代が住宅ローンを利用して建て替えることが多く、借地契約者が資金を提供して子供世代と建物を共有する場合も含め、借地上建物の建替えによって借地契約者と建物所有者が異なることになります。

また、広大な借地上に建物が複数存在している場合などは、(1)、(2)、(3)の何れかに分類されることもあれば、その複合パターンとなる場合も見受けられます。

借地契約者自らが複数の建物を建築している場合には、借地契約者の存命中は全く問題ないのですが、借地契約者に相続が発生してしまうと、相続税評価の高い借地権は配偶者が単独で相続し、敷地内の建物はそれぞれ利用する相続人が取得するという、土地と建物が別々に相続されるケースも実際に発生しています。

また、借地契約者の生前段階から、借地上に複数の建物を契約者の子供世代が建築している場合などは、契約者の相続開始後に借地権の遺産分割協議すら行われないことも見受けられます。

なお、(4)に分類される転貸借のパターンは、一般的には借地契約違反となることから、ほとんど目にすることはないと思われます。

使用貸借と未登記建物?

今回の事例に戻ってお話しすると、Bの底地物納の事前調査を行った段階では、対象地上には「Bの妹家族が居住する義弟名義の建物」と「B家族が居住する未登記建物」の2棟が存在しており、それぞれが(1)と(3)の問題を抱えていました。

つまり、義弟名義の建物敷地部分は、借地権者Bと義弟の間に「使用貸借契約」が存在していることを想定し、パターン(1)に分類されると判断していました。また、B家族が居住する建物登記が発見出来なかったことから、未登記建物を相続したBが相続登記を行っていないと推測し、パターン(3)の派生型に分類されると判断していました。

しかしながら、その後Bと個別面談を実施すると、事前調査で判らなかった事実が幾つも明らかになりました。具体的には、『借地を始めたのはBの父親で、父親が亡くなった際に遺産分割協議書を作成した記憶は無いが、自宅建物は母親自らが相続登記をしたと母から聞いた記憶がある』とのお話しを伺いました。

その後Bのお母様も亡くなり、お母様の相続に際し遺産分割協議書は作成していないことも分かりました。つまり、Aの先代とBが締結していた公正証書契約は、Bの父親が亡くなった時点で、長男のBが借地権を継承したものと誤認して作成したものであって、Bの父親の相続後、現在に至るまで借地権は未分割財産であることが判明しました。

また、当初の調査で発見出来なかったB家族が居住する建物登記も、Bの記憶の裏付け調査を詳細に行うことで、管轄法務局が登記簿謄本をコンピューター化した際に、データが移行出来なかった閉鎖登記簿の簿冊内に、B家族が居住する建物登記が埋もれていたことが判明しました。

これによれば、Bの父親が亡くなったことを受けて表示登記・所有権保存登記を行ったようで、具体的には、Bの父親の法定相続分により保存登記を行っており、現地に居住していない次女も建物共有者となっていることが明らかになりました。

現状把握から問題解決へ

本事案は、B自身が借地権と自ら居住する建物の遺産分割協議を行っていれば何の問題もなかったのです。しかし、Bの両親の相続からかなりの時間が経過し、Bの姉妹にも相続が起こり得る時期になってしまっていることから、物納条件整備に時間を掛けたくないAの事情と、今更姉妹と遺産分割のトラブルを起したくないBの意向が合致したことにより、未分割の借地権を遺産分割によらない方法で本物件の物納手続関係書類を整備することにしました。

<今回提出した物納関係書類>

  • 住宅地図、公図、土地/建物登記事項証明書、測量図、建物配置図、道路査定図
  • 隣地境界確認書、土地賃貸借契約書(写)、賃借地境界確認書、地代受領状況報告書
  • 敷金等に関する確認書、借地権等に関する確認書、戸籍謄本、住民票、住居表示変更証明
  • 借地権の使用貸借に関する確認書(その1・その2)、工作物の越境の是正に関する確認書

借地権者の相続に対して

このように2重3重の問題が隠れている借地権者の相続事案は珍しいかも知れませんが、ほとんどの借地権者は、不動産や相続について相談出来る専門家が身近にいないこともあり、問題を放置していることは珍しくありません。

今回ご紹介したBのような借地権者は本当に沢山いらっしゃいますので、地主側として、このような借地権者の相続問題を蔑ろにしていると、自身の相続税物納等を検討する際に、多大な影響を受けることが十分に考えられます。

それゆえ、借地権者の相続による対応を借地権者固有の問題として放置するのではなく、むしろ積極的に関与することで、将来の危険な芽を摘むという意味でも、借地権者に適切な対応を求めることが重要です。

不動産コンサルタント。株式会社イデアルコンサルティング代表取締役。会計事務所向け不動産コンサルティング会社に11年勤務後、平成15年に独立。底地・借地の権利調整や物納条件整備業務を数多く手掛ける。共著に「こう対応する 物納・延納の制度改正 50問50答」。現在、会計事務所向け専門誌「実務経営ニュース」に連載中。

株式会社 イデアルコンサルティング

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