資産承継

納税者に負担を強いる審査期間の短縮も。相続における改正物納制度をおさらい

平成18年の税制改正により相続税法の一部が改正され、物納制度も大きく見直しがされました。物納制度に関する許可基準や手続の明確化・迅速化と、審査期間の短縮が主な目的と言えます。ここで改めて、改正物納制度について整理をしていきましょう。

改正物納制度について

長年続いた自民党中心の政権も、先の衆院選で圧勝した民主党に取って代わられることになりましたが、この政治の大転換期に先駆けること2年半程前、平成19年2月以後の相続税申告事案から「改正物納制度」の取り扱いが始まりました。

昨年夏頃までは、ミニバブルと言われるほど大都市圏近郊の不動産市況が盛況だったこともあり、相続財産を売却することで相続税を納付する方が多かったように思いますが、100年に1度の未曽有の経済危機といわれる急激な環境変化により、秋以後の不動産市況は一変してしまいました。これにより、平成20年度の物納申請件数が14年ぶりに増加し、申請金額ベースでは前年比の2.4倍もの物納申請がありました。これも、前述の通りリーマンショック以後に相当数の物納申請があったものと思われますが、この流れは今年度に入っても変化が見られず、このままでは昨年度の物納申請件数を遥に凌ぐ申請件数が、今年度も提出されるものと思われます。

そこで、今後も増加が予想される改正物納制度について、もう一度整理をしてみましょう。

改正物納制度の特徴/旧制度との違い
物納制度を改正した目的には、以下の3つの理由があげられています。

(1)物納許可基準の明確化
(2)審査手順の明確化
(3)物納審査期間の短縮

1.物納許可基準の明確化

物納制度の改正目的の1つ目「物納許可基準の明確化」は、曖昧だった現金納付や延納による納税方法の選択基準と、様々な物納申請物件の審査基準という2つの物納許可基準が明確になりました。

改正後の物納制度では、「金銭納付を困難とする理由書」の中で「延納許可限度額」と「物納許可限度額」という計算式が新たに導入され、納税者毎に固有財産・給与所得・生活費等を基にその上限金額を計算し、物納申請や延納申請の上限金額を定めることになりました。ちなみに、この限度額を計算する際に国税局が定めた1か月の生活費は、『納税者1人10万円+同居親族1人当たり4.5万円』というもので、1人しか所得のない4人家族は月23.5万円以上の収入がある場合は、延納申請の支払いに充てなければならなくなりました。

このような生活費の基準では、相続税を納付する方々の実際の生活費水準を下回ることは明らかだと思いますが、この基準を原則として特に斟酌すべき理由がある場合は、月額生活費の明細を添付の上で「金銭納付を困難とする理由書」を作成するようになり、この審査が厳格になったことで多くの納税者が物納申請を躊躇したり、断念することが多くなったように思います。

もう一つは、物納できない財産「物納不適格財産」と後順位の財産の「物納劣後財産」を公表する事で、「引き算的手法」により物納申請財産の許可基準を満たす財産を明らかにしました。

これにより、旧制度から公表されていた「物納に充てることができる財産の種類及び順位」の内容も、以下のように変更されました。

▼物納に充てることができる財産の種類及び順位
順位 財産の種類
第1順位 (1)国債・地方債・不動産・船舶
(2)不動産のうち物納劣後財産に該当するもの
第2順位 (3)社債、株式、証券投資信託又は貸付信託の受益証券
(4)株式のうち物納劣後財産に該当するもの
第3順位 (5)動産

「物納不適格財産」の一例として、以下のものがあげられています。

  • 担保設定がされている不動産
  • 権利の帰属に争いがある不動産
  • 境界が明らかでない土地
  • 賃貸料の滞納がある不動産
  • 他の不動産と一体として利用されている不動産や共有の不動産、
  • 囲繞地で通行権の内容が明確でないもの
  • 耐用年数を経過して通常利用が困難な建物 等

「物納劣後財産」の一例として、以下のものがあげられています。

  • 地上権、永小作権、耕作目的の賃借権、地役権又は入会権の設定されている土地
  • 法令違反により建築された建物及びその敷地
  • 法令の規定により建物の建築ができない土地
  • 建築基準法上の道路に2m以上接していない土地
  • 開発対象面積以上の一団の土地で開発許可を受ける事ができない土地
  • 劇場、工場、浴場など維持管理に特殊技能を要する建物及びこれらの敷地 等

これらの「物納劣後財産」は、先程の物納順位にもある通り、他に優良な相続財産にある場合は物納できないものと解釈されがちですが、優良な相続財産の賃料収入を基に延納申請を行っている場合等は、その優良財産を物納してしまうと延納申請の継続が困難となることから、「劣後財産を物納に充てる理由書」を提出することで劣後財産を物納することが認められる場合もあります。

2.審査手順の明確化

物納制度の改正目的の2つ目「審査手順の明確化」は、改正直後は1種類だった相続税物納の手引という冊子を3種類(手続編・様式編・整備編)公表し、相続開始後の納税方法(金銭納付・延納申請・物納申請)の確認から、物納申請~物納許可までの審査の流れや、物納物件の審査ポイント、提出する書式等が解説されています。

物納条件整備の実務上の注意点として、土地家屋調査士や測量士といった専門家の勘違いによることも事例としてあることを忘れてはいけません。多くの土地家屋調査士や測量士は、分筆登記用の書面作成は法務局が了承する最低限の書類作成に慣れており、物納特有の必要書面の用意を行っていなかったということもあるようです。実際の物納条件整備をご自身でできるとは言いませんが、物納申請を検討している不動産が審査基準を満たしているか否かの判断は、この「相続税物納の手引」を読み込めばおおよそ理解できると思います。「相続税物納の手引」は各税務署に置いてあるほか、国税局のホームページからダウンロードすることもできますので、一度ご覧になってみては如何でしょうか?

3.物納審査期間の短縮

最後の改正目的の「物納審査期間の短縮」は、旧制度時代に物納許可まで5~10年もの期間を要する案件が数多く存在しており、当時の財務局が売払いを行う頃には、収納価格(申告評価額)・売出し価格(最低入札価額)・実際の売却価格(落札価格)に大きな開きが生じてしまい、物納財産の売払いが進まないという問題があったことに起因しています。また、「物納許可基準の明確化」や「審査手順の明確化」は、物納審査期間を短縮させるための必要不可欠事項として改正目的に挙げられたと言っても過言ではありません。実際に物納審査期間を短縮するには、国税局(税務署)・財務局・納税者の三者それぞれが努力しなければ達成できませんが、物納制度上では納税者に様々な負担を強いることでこの問題を解決しようとしています。

審査期間を短縮するための新基準

1.物納申請は、申請書の提出期限の翌日から起算して3ヶ月以内に許可ないし却下される
2.物納申請物件は、申請時点で物納許可基準を満たしている事を原則とする
3.物納申請時に提出書面が揃わない場合、「物納手続き関係書類提出期日延長届」を提出し、最長3ヶ月毎に1年までの範囲で書類提出期日の延長ができる
4.上記の書類提出延長期間中は、納税者に利子税が課せられる

税務署側は、今年7月の人事異動で物納担当官の実数が昨年より減少したようで、東京国税局管内(東京都・神奈川県・千葉県・山梨県)を例に取ると、昨年は国税局徴収部の物納担当を筆頭に12の広域物納担当税務署で審査を担当していましたが、今年は広域物納担当税務署を上野税務署・渋谷税務署・立川税務署(立川署は山梨県も担当)・横浜中税務署・千葉東税務署の5箇所に集約し、その広域物納担当税務署に納税専門官を2名ずつ集中配置することになりました。

これにより芝税務署・新宿税務署・八王子税務署・川崎北税務署・藤沢税務署・市川税務署・松戸税務署の7税務署には広域物納担当を置かなくなり、少ない物納担当官で急増する物納案件を処理することになるため、税務署側も今年1年大変忙しくなることと思います。

以上のことから、改正物納制度は旧制度に比べて『物納申請は厳しくなったが、物件審査は容易になった』ということができるかもしれません。実際に改正物納制度の利用を検討している方は、生前の早い段階から物納予定物件の条件整備を行う必要があることは言うまでもありませんが、生前対応もさることながら相続開始後でなければできない物納条件整備(【1】納税者の「物納許可限度額」や「延納許可限度額」把握、【2】遺産分割の確定、【3】相続登記、【4】「物納手続き関係書類」の整備等 )もあることから、相続開始後から申告までの10ヵ月間も気を抜けない制度になりました。

※本記事は2009年9月に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

不動産コンサルタント。株式会社イデアルコンサルティング代表取締役。会計事務所向け不動産コンサルティング会社に11年勤務後、平成15年に独立。底地・借地の権利調整や物納条件整備業務を数多く手掛ける。共著に「こう対応する 物納・延納の制度改正 50問50答」。現在、会計事務所向け専門誌「実務経営ニュース」に連載中。

株式会社 イデアルコンサルティング

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