土地資産家のための法務講座

寄与分を盾に遺留分減殺請求を拒否できるのか?

被相続人への特別な貢献のあった相続人に対して、遺産分割に際し「寄与分」が認められるケースがあります。この場合、当初の財産総額から寄与分を控除したものが「相続財産」とされるので、寄与分の額によっては、他の共同相続人が「遺留分」の侵害を主張して争うことが起こり得ます。果たしてどちらが優先されるのでしょう?

私は30年以上にわたり父親と同居し、父親の生活費を私が負担し、父の医療費から必要な経費等も全て私が全部面倒をみてきました。先日亡くなった父の遺産のうち約8割は、私が費用を負担し父が支出を免れたことによって形成された財産です。そうした私の寄与貢献にいたく感謝してくれたのか、父は、遺産の3分の2相当額の財産を私に相続させる旨の遺言を残してくれました。ところが、父の死後、私の兄二人が、その遺言は兄らの遺留分を侵害しているので遺留分減殺請求をしたいと言ってきました。しかし、私には父に対する寄与分も認められるはずですので、兄らの遺留分の請求に対しては、私の寄与分の分だけ遺留分の減額を求めたいと思っています。遺留分の請求に対して、寄与分を対抗することはできるのでしょうか。

このケースは、父親が子のうちの一人に対し、その寄与に報いる趣旨で遺言で多額の遺産を相続させるとした場合に、この遺言によって遺留分を侵害されたと主張する他の相続人が、寄与相続人に対して、遺留分減殺請求をするものです。今回の問題のポイントは、寄与相続人はもともと自己の法定相続分よりも多額の寄与分を加えた財産を取得する権利が認められているのですから、遺留分権利者に対して、寄与分を抗弁として反論し、寄与分があることをもって遺留分の減額を求めることができるかということが争点となります。

この点について、民法には寄与分の処理方法に関する規定はあるのですが(民法第904条の2)、寄与分と遺留分との関係については何らの規定も設けられておりません。その立法趣旨も、遺留分は被相続人による財産処分の自由に対し、これを制約して相続人の最低限の取得分を確保し、相続人の保護を図る制度です。一方、寄与分は共同相続人間の実質的衡平の観点から利益の調整を図ろうとするものと言われています。どちらも重視すべき制度であり、どちらかが、どちらかに優先するというものでもなさそうにも見えます。

しかし、現実の法解釈においては、遺留分減殺請求に対しては、寄与分を有する相続人は寄与分を抗弁とはなし得ないものと扱われています。まず遺留分の算定に当たっては相続財産から相続債務の額を控除して計算しますが、寄与分の算定に当たっては相続債務の額は控除しないなど、遺留分算定基礎財産と寄与分算定の基礎財産が異なっています。また、遺留分減殺請求は通常の訴訟手続きとして地方裁判所の管轄事件であるのに対し、寄与分は家庭裁判所の審判によって初めて認められる権利であることなどから、地方裁判所における遺留分減殺請求訴訟に対し、寄与分を抗弁とすることは法技術上、困難であるとされています。さらに、寄与分を定めるに当たっては他の相続人の遺留分を侵害する結果となるか否かについても考慮しなければならないとする裁判例(東京高決平成3年7月30日)なども存在することが理由であると言われています。

※本記事は2017年10月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

海谷・江口・池田法律事務所

江口正夫 コラム一覧

「土地資産家のための法務講座」の記事一覧

SNSシェア