土地資産家のための法務講座

借金を誰が相続するかは、勝手に決められない?

相続が発生した時点で、被相続人に銀行からの借入金がある場合、それを誰が返済するかは、銀行にとっての重要事項であり、債務者側が勝手に決めることはできません。ただし、銀行と相続人との間で「免責的債務引受契約」を締結することで、その契約当事者である相続人以外については返済義務の免責が受けられます。お客さまからのお問合せを基に、概要を説明していきます。

私は3年前に妻を亡くし、将来の私の相続について考えています。私には2人の子がおり、私の財産は自宅の土地建物とアパート用の土地建物があります。自宅の土地建物は長男に継がせ、アパート用の土地建物は次男に相続させようと考えており、その旨を記載した遺言書を作成しようと思います。まだアパート建築の際の建築費のローンが6,000万円ほど残っておりますが、これまでもアパートの家賃からローンを支払っておりますので、アパートを相続する次男がアパートの借金も相続すると遺言に書いておこうと思います。このような遺言で問題はないでしょうか。

被相続人が自ら経営していたアパートを相続人に相続させようとする場合に、アパート建築の際のローンが残っている時は、そのローンは家賃から支払っているのが通常ですから、アパートを相続した者がアパートローンの支払義務も相続するのが当たり前だ、というのが我々の常識的な感覚だと思います。

しかし、このような遺言には全く問題がないとは言いきれないのです。なぜなら、借金のような債務は「可分債務」(カブンサイム)と言うのですが、法律上は、可分債務は遺産分割の対象ではなく、当然分割であるとされているからです。当然分割とは、被相続人の死亡により遺産分割協議を経るまでもなく、当然に分割されているという意味です。これを遺言を作成することにより相続人のうちの誰か1人に借金を相続させることができるかといえば、そのようなことは認められていないのです。なぜなら、借金を誰が支払うのかということは、借金の債権者(アパートローンの場合は通常は金融機関)にとって重大な利害関係を有する事柄ですから、債務者の側が勝手に債務の支払人を決めることはできないのです。

このため、遺言で借金の相続人を指定したとしても、それは銀行に対しては通用しません。銀行は、遺言に借金の相続人を指定してあったとしても、借金については当然分割を主張して、各相続人に対して、6,000万円の借金の各自の相続分、つまり長男に3,000万円、次男に3,000万円を請求できるのです。

これではアパートを相続しない長男も、アパートを相続した次男と全く同じ額の借金が相続されたことになります。アパートを相続していない長男に借金を負わせないためには、遺言書とは別個に、債権者(金融機関)の了解を別途取り付けることが必要になります。そのためには、長男が負担するはずの3,000万円の支払債務を次男が引き受けて、長男の負担をゼロにして免責するという手続きが必要になります。これは銀行と相続人との間で契約を締結することによりおこなうことができます。これを「免責的債務引受契約」と言うのですが、金融機関はこの契約書のひな形をもっていますので、金融機関と協議することになります。

※本記事は2016年1月号に掲載されたもので、その時点の法令等に則って書かれています。

東京大学法学部卒業。弁護士(東京弁護士会所属)。最高裁判所司法研修所弁護教官室所付、日本弁護士連合会代議員、東京弁護士会常議員、民事訴訟法改正問題特別委員会副委員長、NHK文化センター専任講師、不動産流通促進協議会講師、東京商工会議所講師等を歴任。公益財団法人日本賃貸住宅管理協会理事。

海谷・江口・池田法律事務所

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